▼基山と春奈
その名前の通り、春を思わせるような暖かい子だなと思った。くるくる変わる表情は、少し忙しない春にピッタリだ。喜怒哀楽だってハッキリしていて、それが自分にとって羨ましかったりする。「私はヒロトさんが羨ましいです」「どうして?」「どうしても」「そっか」単調に繰り広げられた会話も、底を尽きればそこで終わってしまう。どうしてだかそれがどこか寂しくて、ふと音無さんの頭に乗っている赤縁の眼鏡を手に取った。「あれ、これ度入ってないんだね」「あ、はい」興味が湧いたので眼鏡をかけて、どう?と聞けば、ヒロトさんは黒縁ですね、と返された。「黒縁かあ、買ってみようかなあ」「あ、私、黒縁の眼鏡かけたヒロトさん見てみたいです」眼鏡を外して音無さんの頭の上にかけ直しながら「じゃあ一緒に見に行こうよ」と提案すれば、「絶対、約束ですよ!」と嬉しそうに小指を差し出された。その細い指に自分の指を絡めながら、春の鮮やかな花の様な笑顔を脳裏に焼き付けた。



▼綱海と夏未
いつも日傘なんか差して遠い所から俺達の様子を窺っているその姿を見る度に、つまらなくないんだろうかと不思議に思っていた。「別に、つまらなくも面白くもないわ」いつも通りに日傘を差して海を眺めていた雷門にその問いの答えを求めれば、何とも言い難い答えが返ってきた。「それってよ、要するにつまんねーんじゃねえの?もっとさあ、あいつらの輪の中に入って、」とそこまで紡いだものの、…わからないんだもの、と今にも泣きそうな声が聞こえて、驚いて息を飲んだ。「皆と、楽しく遊ぶ方法なんて」くるり、と傘が回った。時折響く波の音が沈黙を強調しているようだった。「…んなもん、簡単に解決できるって」オレンジ色の髪が風に煽られて舞い上がった。仄かに匂ってきた花の香りは、香水だろうか。「この俺が仲良く遊べる方法を教えてやっからよ!」「…、」哀しみに歪んでいたその口元に柔らかい微笑が乗せられた。さあ、まずは何から始めようか。



▼吹雪と秋
木野さんはお母さんみたいだねえ。ゆったりとした音楽を奏でるように吹雪くんは私に手を伸ばしながらそう言った。「そう?」「うん、あったかい」ふわふわとしたショートケーキを思わせる甘い笑顔を私に向けながら、私の頬をするりと撫で上げて、「嬉しくない?」と首を傾げた。嬉しくない?そうかもしれない、違うかもしれない。そういえば、円堂くんにも母ちゃんって言われたな。そうしている内に吹雪くんの手の動きが止まって、そしてそれは弱々しくその細い肢体の上へと堕ちていった。「少しだけ、眠ってもいいかな」「うん、」私が頷くと、吹雪くんは一度だけ微笑んでスローモーションのようにゆっくりと瞼を閉じた。私の膝にかかる吹雪くんの水色の髪が揺れる。その髪に掌を乗せて梳くように撫でると、吹雪くんは僅かに、長い睫毛を震わせた。



▼佐久間と冬花
佐久間くんは、不動くんをどう思う?と大きな瞳をしばたたかせて俺を見つめるその顔から逃げ出したくなって顔を背ける。ましてや質問の内容が内容なだけに、更に逃げ出したくなる。どうしてそんな事を俺に聞いてくるのか全く理解出来なかった。寧ろ理解なんてしたくもない。「どうとも思わないけど」「そうなんだ」ぷつり、とそこで途切れる会話に酷く安堵感を覚えて小さく息を吐いた。しかし、纏わり付く様な視線が外される事は無くて、どうしたものか、とそれに耐えられずにいた。じゃあ、ねえ佐久間くん。長い沈黙の後、楽しげな高い声が辺りに反響して俺の鼓膜を刺激した。「私のことはどう思う?」何を考えるでもなく、溢れてくる意思を止めようとするでもなく、流れに身を任せるかのようにただ俺はその大きな瞳を見つめ返した。「どうとも思わない」目の前の彼女は、可笑しそうに声を上げて笑った。



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