「円堂達、雷門で卒業試合やったらしいぞ」
「…そっか、」

春の花が咲き乱れる住み慣れたお日さま園の庭、暖かい春の陽射しを全身に浴びることの出来る唯一の場所。
幼い頃、いつも一人で乗っていたブランコの上に腰を下ろしヒロトは、目の前で自分を見下ろす晴矢の金の瞳を見上げた。
卒業、その言葉にああ、そうかと頷く。
そんなにも長い月日があっという間に流れたのだと。

「…良かったのかよ」
「え?」

ヒロトの瞳を真正面から見下ろしながら、晴矢は僅かに眉根を寄せた。
太陽のような笑顔を浮かべる、円堂守の姿をその脳裏に蘇らせながら。

「あいつんとこ、行かなくて」

そう言えば二度、翡翠の瞳をしばたたかせて、次にはヒロトはふわりと微笑んでいた。
幸せそうに頷きながら、酷く優しく。

「いいんだ。だって俺、円堂くんと同じフィールドに立てたから」

俯きながら目を閉じる。
1年と半年前、世界一を君と、仲間と共に手にした。
君と同じ場所で、同じ時間を過ごして、同じ喜びを分かち合って、同じ悔しさを噛み締めて、同じ笑顔で向かい合えた。
自分には勿体ないくらいの、一生分の我が儘を叶えることができた。

「充分だよ、もう、充分」

あの頃の自分は幼くて、どうすれば他の人の中に己の存在を刻めるだろうと必死で、それなのに空回りばかりして。
それでも君は自分を、“基山ヒロト”を見てくれた、手を差し延べてくれた。
それだけで充分だった、でも、それ以上の我が儘を言ってもいいのだと、叶えてもいいのだと教えてくれた。
暖かい風を肌で感じながら、うっすらとヒロトは瞼を上げた。

「…ねえ、晴矢」

細く紡がれた声に晴矢はその緋色の髪へと視線を注ぐ。
捉えたままの緋色の髪は風に煽られ、揺れ踊る。

「俺達、幸せだよね」

俯いたままのヒロトの表情は窺い知ることはできない。
けれど、晴矢は安易に想像することができた。
一つ息を吐いて、晴矢は目を閉じた。

「…そうだな」

幼かった自分は、今の自分が此処にこうして生きていられることを思い描いていただろうか。
そうでなくても伝えてあげたい。
お前は幸せになれるのだと、笑って生きていけるのだと。

「俺、もっと強くなって、そしてまた円堂くんに会いに行くよ。そう、約束したから」

君のおかげで沢山の友達が増えた。
沢山の出会いと別れを知ることができた。
だから、恩返しをしたいんだ。
君から自分が貰った分の幸せを、君に返せるように。
そのために、まだ逢わないでおくんだ。
きっと、君に逢ってしまったら、決意が揺らいでしまうから。
ブランコを漕げば、数年の重みをその紡ぎ出す音に宿していた。

「…我が儘、言ってもいいんだぜ」

目を開いてヒロトを再び見下ろした晴矢は、小さく口を開いた。
そうすれば驚きの色を宿した翡翠の水面が弱々しく揺れた。
我が儘を知った子供はしかし、まだ上手な甘え方を知らないまま。
遠い場所にいる者に甘えたくないのなら、せめて近い場所にいる自分達には目一杯甘えればいい。
それを聞かされたヒロトは、視線を足元まで下げ、三拍置いて漸く顔を上げた。

「傍に、いてくれる?」

これからは歩んで行かなければならない。
己が決めた道を、ただひたすらに、真っ直ぐに。
だけどまだ、一人で歩くには今の自分達では幼すぎる。
痛い程に、自分がよくわかっている。
だけど、甘えてもいいのなら、一緒に歩いてくれるなら。

「…当たり前だろ。俺だけじゃない、風介も緑川も、砂木沼も玲名も、瞳子姉さんも他の奴らもみんな、お前の傍にいる」

ほら、と手が伸ばされる。
躊躇いながらその手に雪のように白い手を重ねれば、優しい強さで包み込まれた。
その体温が、指先から伝わる鼓動が、今はただ心地好くて。
緋と深紅のその色は進んだ。
溢れ返る極彩色の中へ、仲間の待つその場所へと。
運転手を失った小さなブランコは、小さな音を立てて、ただ、揺れていた。




∴ ありがとうを君に
(また、笑顔で会おうね)




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