ひらひらと宙を舞う桜の花弁を掴むことができれば願いが叶う、等ということを言い始めたのは果たして誰なのであろうか。
今の世にはそんな類のおまじないが溢れ返っている。
内容も信憑性に欠けるものばかりで、俺はどうも好かない。

「つまりは、俺はそんな迷信信じないってことだ」
「幽霊は信じるのにな」
「そ、それとこれとは別だろ!!」

微かな苛立ちを覚えた俺は、目の前の笑顔に向けて拳を振り翳した。
しかしそれは虚しくも、いとも簡単に片手で止められてしまった。

「俺は信じるけどな」
「ふーん、お前、見かけによらずロマンチストなんだな」

薄いピンク色の小さな花弁が、風の強さに合わせて目の前を飛び去ってゆく。
見渡す限りのピンク色の洪水に飲み込まれそうになる。
これが更に明るく濃いピンク色だったらと思うと、少しだけ目眩を覚える。

「こんなもんで願いが叶うんなら、誰も苦労しないって」

足元で無惨にも踏み潰された桜の花弁を一つだけ持ち上げる。
力無く萎れた花弁は掌の中で小さく動くと、風に身を任せふわりと舞い上がっていった。
それが再び洪水に飲まれてゆくのを見届け隣に立つ源田を振り返れば、同じように花弁の行方を追っていたのだろう。
花弁の消えていった方を、眩しそうに見つめていた。

「でも、それに縋るのもいいんじゃないか?」

俺に向き直りながら、源田は僅かに目を細めた。
そうしてゆっくりと俺に手を伸ばした。
思わず身を固くすれば、眼前に迫る源田の顔と髪に触れられる感触。

「…これはカウントされないな」

残念、と呟き顔を離していく源田の大きな手には、小さな花弁。
それを指先でつまみ上げ、源田は一歩前に歩み出て上に翳し力を緩めた。
そうすれば無力な花弁は先程と同様にされるがままに風に吹かれていった。
行方を見つめる広い背中に少しだけ手を伸ばす。

「わ、」

ざあ、と木々が音を立てて大きく揺れた。
風に煽られて、数え切れない程の花弁が宙を舞う。
慌てて視界を腕で覆い、落ち着いた頃に顔を上げた。
髪に張り付いたであろう花弁を落とす為に首を左右に振る。
それを終えて、腕を下ろしながら己の手を見下ろした。
そうして再び源田へと顔を向ける。

「…やっぱり、」

ゆっくりと源田が振り返る。
その瞳に俺の姿が映る。
そんな源田の瞳を見つめ返しながら、軽く手を握り締めた。

「…この迷信だけは、信じてやっても、いい気が…する」

一拍遅れて、優しい笑顔が向けられる。
それに微笑み返す俺の握り締められた手の中には、一枚の桜の花弁。




∴ 桜色に染まる想い
(淡い吹雪の舞う中で)




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