気持ち悪い、とあいつは言った。


「それはつまり、何なの?」

うなじから伸びる三つ編に結われた髪が不機嫌そうに揺れた。
その動きを追いながら、目の前のミストレを見遣り口を開く。

「男女間でいうところの好き、だろ。つまりは異性として見てる、と」
「…はっ、」

ミストレは不快感も露に肩を竦めると鼻を鳴らして嘲笑した。
それから大きな紫色の瞳を鋭く細め、嫌悪の眼差しを俺に突き刺した。

「何それ。じゃあ君は、俺が好きだとでも言うのかい?」

笑わせるな、短く吐き捨てられた言葉は地に落ちて転がった。
ぐるり、ぐるり、と果てのない下り坂を速度を高めていきながらも、憎らしい程にゆったりと。

「生憎、俺にそんな趣味は無いよ。俺は自分が可愛いし、何より好かれるならむさ苦しい男なんかよりも、甘くてふわふわした女の子の方がいいね」

ほら、丁度君とは正反対だ。
愉快そうに、ひたすらにうっそりとミストレは口端を吊り上げた。

「ミストレ、」

名前を呼べば、ミストレは静かに顔を上げた。
嫌悪を孕ませた双眸は、ただただ揺れ動いていた。
お前にそんな態度をとられたとして、何を傷つく事があるのだろうか。猫かぶりないい子ちゃん面で人気者のミストレくんが、本性丸出しで目の前に立っている。
そう考えたら実に滑稽で、可笑しい。
一方で剥き出しの殺意を全身に浴びせられながら、余裕こいてそんな事を考えている俺も大概、滑稽だ。

「好きだ」
「、やめろ」

怒気を含んだ声音が響く。
ミストレに一歩足を踏み出せば、目の前のそいつは一歩足を引いた。
まるで獲物と猟者だ。
しかしそんな逃げ腰じゃあ、戦場じゃ使いモンにならねえな。

「好、「やめろってば!」

俯いていたミストレが顔を上げた。
深緑色の髪が重力に逆らって僅かに持ち上がったものの、すぐにその効力を失った。
白い石盤に埋め込まれた紫色の石は、今にも崩れ落ちそうに、その表面に幾つもの皹を入れていた。

「俺はそんな趣味はないし、第一男に好かれて何の得がある訳!?君が何と言ったって、俺の気持ちは変わらないし変えたくも無い!ああ、吐き気がする、」

気持ち悪い、とミストレは言った。
再び一歩を踏み出せば、目の前の獲物は今度は逃げも隠れもしなかった。
さらさらとした髪に触れる。
真っ白に磨かれた白磁のようなその肌に触れる。
そうして呟く、得はない、と。
だけど、それならばどうして。

「お前はそんな泣きそうな顔してんだよ」

ミストレの顔に真っ赤な林檎が実った。
瞬間、俺の頬には鈍くて鋭い痛み。
息を荒くして呼吸を繰り返すミストレに手を伸ばして、少しだけ乱暴に包み込んだ。
すぐ近くで息を飲む音が聞こえた。

「嘘が下手くそ」

ミストレの体がピクリと動いて、俺の背中を力の限り殴りつけた。
殴りたけりゃ思う存分殴ればいい、蹴りたけりゃ思う存分蹴ればいい。
別にどうとも思わない、だから。

「…気持ち悪い、」

ミストレが俺の肩に顔を埋めながら、か細い声で呟いた。
俺の背に回された手は、小さく俺の服を握り締めていた。




∴ 虚言者の愛の行方
(依存しているのはどっち?)



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