基山の髪って動きそう。
そう言って、佐久間くんは左右についた耳の上辺りをそれぞれ指で指し示した。
あまりにも唐突に告げられたその言葉に、俺は目を丸くした。
そんな俺の心情を知ってか知らでか、佐久間くんは構わずに続けた。

「そのハネてるとこ。こう、ぴょこぴょこって」

氷色の左右の髪をつまみ上げ、それを上下に動かす佐久間くん。
普段の彼からは想像できない子供っぽい姿に思わず笑みを零しながら、俺は目の前の彼を見つめた。

「佐久間くん、可愛い表現するね」
「うん?」

可愛いのか?と、佐久間くんは目をしばたたかせながら不思議そうに首を傾げた。
つまみ上げていたその髪から彼が手を離せば、氷色の細い糸は、はらりと静かに落ちていった。

「でも残念ながら、これは動かないかな」

自分の髪を撫でながらそう言えば、だよなあ…と、どこか残念そうに佐久間くんは眉を下げた。
そうしてふと胸の内に生じた疑問に、俺は目の前の佐久間くんを見つめた。

「それにしても珍しいね。佐久間くんが俺に話しかけてくるなんて…どうして?」

少し失礼だったかな、と後悔するも後の祭り。
佐久間くんはその端正な顔に困惑した表情を浮かべていた。

「どうして、って…」

そう呟いたのを最後に腕を組んで唸りはじめた佐久間くんを見て、デリカシーのない奴め、と先程の自分を殴ってやりたくなった。
もしこの髪が動くのなら、きっと今、忙しなく動いているに違いない。
どうしよう、と焦り始めたその時、佐久間くんが顔を上げた。
思わず体を硬直させると、彼は眉をひそめながら口を開いた。

「…なんとなく?」

あまり予想していなかった答えに、張り付いた笑みが浮かぶ。
乾いた笑い声を響かせながら、そっか、となんとか呟いた。
そうしていると前方から、というか、と付け足す声がした。
彼を見遣れば夕陽色の瞳が俺を真っすぐに見据えていた。

「話したいって気持ちに、理由なんているのか?」

いやでもいる人はいるか、と首を捻りながら佐久間くんは再び付け足した。
俺は目を見開いたまま、汗ばんだ手をきつく握りしめた。

「じゃ、じゃあ…俺と、話したかった…ってこと?」
「、まあ…そうなる、かな」

可笑しそうに、かつ困った様に笑いながら、佐久間くんは頬をかいた。
瞬間、脈が速まったのを感じた。
そんな顔もするんだ、なんて思いながら。
自然と頬が緩む。
心の底から、素直に嬉しかった。
あまりにも接点がないから、話さないから、嫌われてるのだと勝手に自己解釈していた。
だけど、それは違うのだと言われた様な気がした。

「―…ヒロト、」
「えっ?」

突然名前を呼ばれて慌てて顔を上げる。
そうすれば、そこには悪戯っぽく笑う佐久間くんがいた。

「…って、呼んでもいいか?」

駄目か?なんて上目がちに聞いてくる佐久間くんを捉えながら、俺は固まっていた。
頬の緩みが限界を訴えてきて、それを必死に押さえるために見開いていた目を、ゆっくりと細めた。
苦し紛れの笑みを口元に乗せて、俺は軽く頷いた。

「勿論だよ」

そうして佐久間くんは酷く優しげな笑顔を見せて、ありがとうと呟いた。
暖かい風が駆け抜けて、赤い髪は嬉しそうにふわふわと、跳ねた。




∴ 君が笑う、それだけで
(世界はこんなにも色づくんだ)



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