ふつふつと音を立てる鍋の中身を覗き込んで火を止める。
それを予め用意しておいた盆の上へ乗せ、陶器がぶつかり合う音を聞きながら歩き出す。
しん、と静まり返った広い屋敷には先程から聞こえる陶器の音と己の足音だけが響いていた。
暫く歩いて辿り着く、とある一室の前に立ち一つ深呼吸。
控えめに重たい扉を開けて、中を覗く様に確認して扉を閉める。
綺麗に整頓された部屋を一瞥しながら、膨れ上がっているベッドに近づき、それを小さく叩いた。

「お粥、食べられそうか?」

膨れた布が、僅かに動いた。
そうして現れた濡れた橙色の瞳に思わず息を飲んだ。

「…ん」

こくりと頷いて体を持ち上げようとする相手を慌てて支える。
そうすれば目の前の相手は、すっと力を抜いて中学生の、しかも男子にしては軽すぎるであろう体重の全てを俺の腕に預けた。
そうしてそのまま、気怠そうに目を閉じ、俺の胸にもたれると細い息を吐いた。

「…佐久間、」

その様子に思わず名前を呼ぶと、佐久間はゆっくりと瞼を開けて俺を見上げた。
きつそうに荒い呼吸を繰り返している佐久間。
そんな佐久間を見ていると、不安や心配ばかりが膨らんで、すごく申し訳なくて。
すると、佐久間はそんな俺の心の内を見透かしたかのように、俺をその瞳に捉えると口を開いた。

「大、丈夫」
「―っ、」

唾を飲み込んで、目の前の髪に触れるとその氷色の髪は静かに揺れ、佐久間は力無く微笑んだ。
それに笑い返してやりながらも、俺の胸中にはただただ罪悪感ばかりが募っていった。
今回の佐久間の風邪の原因は、元を辿れば九割方俺にある。
最近体調管理を疎かにしてしまっていた為か、三日前に俺は何年かぶりに熱を出して寝込んでしまった。
それを辺見から聞いた佐久間が付きっきりで看病してくれたのだ。
解りきっていたことだったが、やはり移してしまっていたのだ。

「佐久間、ほら」

少しだけ冷ましたお粥を口元に運んでやれば、ゆっくりとそれは佐久間の体内に収まっていく。
飲み込むと同時に咳込んだ佐久間の背を摩ってやりながら目を細める。
手にしていたスプーンを置くと、俺は思わずその小さな体を抱きしめた。

「げん、だ?」

佐久間の瞳に困惑の色が宿る。
回した腕に力を込めると耳元で微かに、くるしい、と呟く声がした。
慌てて力を緩めると、佐久間は弱々しく俺の背を叩いた。

「移る、ぞ」
「構わない」

それで佐久間の苦痛が少しでも和らぐなら。
そう思いながら、顔を近づけてゆく。
あと3cm、2cm。
そうして1cmまで距離が縮まった、瞬間。
ばちいん、と、実に軽快な乾いた音が響いた。
それは病人とは思えない力で、自分が何をされたのか、頬の痛みが脳に伝わるまで全くわからなかった程だった。
驚いて佐久間を見遣れば、呆れたように俺を睨みつけていた。

「え、痛、佐久、」
「ばかやろう」

突然殴られた上に馬鹿呼ばわりされてしまったぜ。
今だにじんじんと痛む頬と目頭を押さえると、頬に当てた己の手に、一回り小さな手が添えられた。

「またお前が、風邪引いたら、俺が看病した、意味ないだ、ろ」

添えられていた手が俺の手の甲を摘む。
地味に痛むその行為に僅かに眉を寄せながら俯く佐久間を見つめていると、それに、とか細い声が途切れ途切れに言葉を紡いだ。
それをしっかりと聞き留め、そっと佐久間の顔を覗き込めば、視線を忙しなく動かしながら俺から逃げるように左を向いた。
髪の間から覗く耳は、照れているのか熱のせいなのか。
この際そんなことはどうでもいい。
今呟かれた言葉を頭の中に反響させながら俺はゆっくりと、その真っ赤な頬に手を伸ばした。




∴ 君のいない世界なんて
(退屈すぎて、死んじゃいそう)


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