時々、無性に恋しくなる。
それは日本から遠く離れたこの島に来てから、更にぶくぶくと膨れ上がっていた。
柄にもなく女々しい事を考えてるなあ、と思いながらも中々胸のうちから消えない感情。
頭も体も、隅々までその気持ちで満ちていく一方、言葉にすることだけはしなかった。
妙なプライドやら何やらが邪魔をしていたのもあるし、それに、何だか負けた気がしてならなかったのだ。
しかし、日に日に増えるため息の数に限界を覚えた俺は、目の前に置かれた携帯を手に取った。
震える指であいつの携帯番号を押す。
機械音が3回程鳴った時、それは唐突に止まった。
代わりの様に勢いよく鼓動が早鐘を打ち始めて。
そして、

『佐久間?』

ああ、やってしまった。




聞き慣れた声が楽しげに話をする。
その度に胸が締め付けられる感覚がした。
頭ではわかっているのに、意思は話題を共有出来ていない。
俺はこんなに女々しかっただろうか、こんなに弱かっただろうか。
抱えていた膝に顔を埋めていると、ふと電話の相手の話が止んだ。
不思議に思って小さく顔を上げると、静かに受話器の向こうから心配そうな声が響いてきた。

『…どうかしたのか?』
「っ、」

的をついたその言葉に思わず息を飲んだ。
いつもそうだ、こいつは、源田は俺の心情を悟って声をかけてくる。
それが余りにも心地好くて、自分でもわかるほどにその優しさに甘えてしまうのだ。
今だって、こんなにも。

「…会いたい、」

一度吐き出した想いはとどまることなく次々に溢れていく。
それを止める術なんて、俺にはわからなくて。
源田、源田。
会いたい、出来るなら今すぐにそっちに帰って、そして。
わかっていたのに。
言葉に出せば、胸の奥に秘めていた想いが溢れ出してしまうことくらい。
その証拠に、俺の頬を伝っていく数え切れない程の想い。

『…佐久間』

少しだけ緊張を含んだ声音が届く。
何、と紡ごうとしたその時。
受話器の奥から息を飲む音と共に、小さく響くリップ音。
頭の中に反響するその音がキスなのだと自覚するのに、そう時間はかからなかった。
携帯を持つ手が、受話器に押し当てた頬が、静かに呼吸を繰り返す口元が、熱を帯びてゆく。

『…結構、恥ずかしいな』

耳元で発せられた、あまりにも拍子抜けする言葉に俺は一つ瞬きをすると、思い切り吹き出した。

「自分からやっといてか?」

笑いながら返事をすれば、源田はどこかほっとしたように、ああ、と返してきた。

『…元気、出たか?』

その台詞に、俺は何度も目をしばたたかせた。
少しだけ汗ばんだ左手を強く握りしめる。
それを次に開いた時、張り詰めていた糸が切れたかのように全身から力が抜けた。
頬を伝っていた涙も、気がつけば止まっていた。

「…出た、に決まってんだろ」

刹那、そうか!と明るい声が響く。
簡単に想像出来る源田の表情を脳裏に思い浮かべながら、口元を掌で覆う。

「…あと1回してくれたら、完調するかも」

篭る声を自分の耳にも残しながら、緩む頬を止めることもせずに笑う。
そうすれば、受話器の奥からも笑い声が響いた。

『はは、仕方ないな』

心地好い低音の声を耳の奥に残しながら、ゆっくりと目を閉じる。
源田の困ったようにはにかんだ笑顔が、見えた気がした。




∴ 受話器越しの甘いキス
(次は優しく抱きしめて)



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