学校中が噎せ返る程の甘い香りに包まれる二月某日。
男子にとっては天国でもあり地獄でもある行事が行われる日だ。
毎年恒例なのだが、俺が所属する帝国サッカー部の面々は一日では食べきれない程のチョコレートがあらゆる方法で渡される。
だからいつもこの日の部室はチョコレートの海。

「なあ、佐久間。今年はどうだった?」

ぼんやりとチョコ山を見上げていると、辺見がニヤニヤしながら隣に腰を下ろしてきた。
それを視界の端に捉えながら、俺は視線を外すことなく開いた右手を辺見の前に突き出した。

「ダンボール5箱」

瞬間、頭を抱えて悔しそうにのたうちまわり出した辺見を見遣りながら、震えるその肩を軽く叩く。
すると辺見は恨めしげに俺を振り返り、ため息をついた。

「あーあ。うちの部はなんでこうもモテ男ばっか…ま、でも源田だけは今年も全部断ってんだろうな」

源田、という名前が出た途端、ドキリと体が強張った。
話題に出てきた張本人はまだ部室に来ていない。
甘い物が苦手な源田はサッカー部で唯一チョコを断っている。
それを思い出しながらふと、横を振り返った。
そこには丁寧に置かれた一つの箱。
その箱を手に取りながら、源田の顔を思い浮かべた。
自然と頬が緩んで、慌てて口元を覆う。
しかし、それを見ていた辺見に軽く小突かれた。

「そういう顔は源田に見せてやれよ」
「うるさい」

辺見を睨みつけた瞬間、部室の扉が機械音を立てて開いた。
期待に胸を膨らませ急いでそちらに目を向ければ、信じ難い光景が広がっていた。

「な…ん、」

隣に立つ辺見も目を見開いたまま、ダンボールを抱えて部室に入ってきた源田を見つめていた。

「源田、お前…それ…」
「ん?ああ、これか?これは、」

源田が次の言葉を言う前に、俺は箱を手にしたまま部室を後にしていた。
帝国学園特有の入り組んだ通路をがむしゃらに駆け抜ける。
なんで、なんで。
頭の中を駆け巡っていた疑問は、ふと耳に届いたもう一つの足音に掻き消された。
振り向いてみれば、案の定。

「、着いて来んな!!」
「佐久間!!」

全速力だと思っていた速さはショックによる脱力感からか、いとも簡単に追いつかれてしまった。
後ろから肩を掴まれて、俺は足を止めた。
しかし、体は降参しても俺の頭は降参なんてしていなかった。
源田の顔を見ることもせずに、俺は力の限り叫んだ。

「離せ!!今まで貰いもしなかったくせに何で今年は貰ってんだよふざけんな!!」
「いいから俺の話を聞け!!」

俺が叫んだよりも遥かに大きな声で怒鳴り返され、思わず竦ませた体は簡単に源田の方へと向け直された。
僅かに眉を寄せながら源田は口を開いた。

「あれは咲山や成神達のなんだ」
「…は?」

咲山?成神?聞けば、女子に捕まった二人の荷物を運んできただけと言う。
それを聞いた瞬間、俺は一気に脱力した。
ふと視界が歪んで、慌てて首を振った。
すると、少しだけ照れ臭そうに目の前の源田は言葉を続けた。

「大体、俺は佐久間のものしか受け取らない」

その言葉に、俺の脈は急速に速まった。
ああ、俺はこんなに女々しかっただろうか。
源田の言葉だけで、こんなにも胸が締め付けられるなんて。
そうして、視界に入った歪みに歪んだ箱を認めた俺はため息をついた。

「また、これ作るから…」

俺には不似合いな弱々しい声で呟くと、どこか嬉しそうな声音が頭上から響いた。

「じゃあホワイトデーは4倍返しだな」

驚いて顔を上げれば、真剣な目で俺を見返す源田がいて、俺は思わず俯きながら苦笑した。

「…欲張り」

ぐしゃぐしゃに歪んでしまった箱を持つ俺の手に、優しい笑みをその端正な顔に浮かべた源田が手を伸ばす。
安心する愛しい体温が俺の手に重ねられたと同時に、唇から伝わった源田の熱が、ゆっくりと俺の全身を駆け巡った。




∴ バレンタイン注意報
(君からの愛だけで充分です)




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