俺は幸せ者だ。
それは仮定とかじゃなくて、決定事項。
こんなに気を許すのもこいつくらいだという自覚だってある。
だから心から幸せだって思えるんだ。



「美味しいか?」

寝転びながら頬張っていた菓子を思わず落としそうになり、俺は慌てて起き上がった。
口の中の甘味を飲み込むと共に移した視線の先には、困ったような笑顔を浮かべたあいつ。
その手には俺が渡したこの部屋の合鍵が握られていた。

「お坊ちゃんなのにな…」

はあ、とため息をつきながら俺のいるベッドに腰掛けると人二人分ベッドが沈んだ。
俺は先の言葉に口を尖らせながら、まだ菓子の少し残っている袋を閉じた。

「いいじゃん。家にいる時くらい自分のしたいようにしたって…風丸だって思わずやったりするだろ」
「返す言葉がないな」

頭を掻きながら、風丸は乾いた笑い声をあげて、あ、と声を上げた。
そうして足元に置いたバッグを漁り、中から白い箱を取り出した。

「これ、見つけてきたんだ」

風丸が慎重にその箱を俺との間に置いた。
俺が腰を浮かせると同時に、風丸はその箱を開いた。
その中には、前に風丸と一緒に見た雑誌に載っていたケーキが入っていた。
俺は自分でもわかるくらい頬を緩ませてケーキと風丸を交互に見遣る。
風丸は苦笑しながら軽く頷くと立ち上がった。

「皿とか取ってくるよ」

部屋の扉が閉まると同時に、俺は再びぽすんとベッドに身を預けた。



「紅茶で良かったか?」

綺麗な形のまま皿に乗せられたケーキと良い香りのする紅茶を乗せた盆を持って、風丸は戻ってきた。
もちろん、と一声上げて勢いよく起き上がる。
テーブルに乗せられた紅茶に手を伸ばし、一口啜った。
いつも風丸は俺が一番好きな味を作ってくれる。
頼んでもいないのに作ってくれる辺り、本当に風丸はいいお嫁さんになれると思う。

「…どうせなら婿がいいかな。色々と」
「だって風丸はさ、掃除洗濯料理に気遣いに…、すごく良妻だな」

そんな事を言いながら、ケーキに手を伸ばす。
苺が沢山乗ったケーキを見つめていると、何だか食べるのが勿体ない気がしてきた。
隣の風丸を見れば、チーズケーキを目の前に置いているところで。
…人が食べてるのを見ると欲しくなる事ってないだろうか?俺はある。
あまりにもケーキを見つめすぎていたのだろう、気がつけば風丸の顔がすぐそこに迫っていた。

「やっと気づいた」

風丸が愉快そうに笑いながら、ふと俺の持つケーキに顔を近づけて。
突然のことに呆気にとられていた俺は、風丸の行動をただ眺めていた。

「うん、美味いな」

口端に付いていたクリームを舐めあげて、風丸は微笑んだ。
そこで漸く頭が動いた。

「俺、の、ケーキ。俺、まだ食べてないのに…!」

最初の一口って大事なのに。
チーズケーキにフォークを刺しはじめた風丸を恨めしく睨めば、風丸は俺を真っすぐ見た。
そして、そのフォークを俺の口元に持ってきて。

「佐久間、あーん」
「…あー、」

そう言われた俺は素直に口を開く。
次の瞬間、口の中に広がるチーズケーキ独特の味。
あ、美味しい、と思った刹那。
唇に柔らかい感触。

「おあいこだな」

唇を離して不敵に笑んだ風丸を見返しながら、俺は唇に残る熱の余韻を感じて思わず唇に手を伸ばす。

「…おあいこじゃないじゃん。ばーか」

唇から離した手を風丸に伸ばせば、ゆっくりとその手は愛しい感触に引き寄せられた。




∴ 甘く幸せなティータイム
(ほら、こんなにも幸せだ)



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