咲山ってさあ。
手にしている本から目を離すこともせずに、佐久間はその綺麗な髪を揺らした。
閑散とした屋上を少しだけ冷たい風が駆け抜けていく。
俺は携帯をいじっていた手の動きを止め、目の前の佐久間をちらりと見遣った。

「何だよ」

その声に漸く顔を上げた佐久間は、俺の顔を指差して言った。

「何でマスクしてんの?」
「…」

不思議な物に興味を示した子供がよくやるような輝いた目を俺に向ける佐久間は、ほんの少しだけ首を傾げた。
佐久間とは幼少からの付き合いだ。
と言っても、帝国サッカー部の大半がそうなのだが。
そんな佐久間からマスク云々の疑問が出るなんて、正直今更感が否めない。
俺は視線を外すと、止めていた手の動きを再開させた。

「え、咲山さん無視ですか」

少しだけ慌てた様子の佐久間が視界の端に映る。
それを捉えながら、俺は小さくため息をつくと視線は変えぬまま口を開いた。

「佐久間ってさあ、何で眼帯してんの」
「そうきたか」

あーあ、そうくるかあ、と佐久間は間延びした声を上げながらゆっくりと俺の方へ倒れ込み、寝返りをうつと仰向けになった。
目を腕で覆いながら佐久間が一つ息を吐いた。
それを最後に流れる沈黙。
携帯に表示されている時を示す数字が三回その値を変えた頃、まだ声変わりをしていないような声がその空気を破った。

「…咲山ぁ」

口だけを動かしながら俺を呼ぶ佐久間に、懲りない奴だと内心呆れながら、何。と返した。

「質問、変えていい?」

…そういう問題じゃないだろうと思いつつも、別に嫌な訳でもないので無言で続きを促した。
すると佐久間は腕を少し上にずらし、橙色の瞳を俺に向けた。

「マスク、外さねえの?」
「…、」

俺は携帯を閉じながら、ゆっくりと佐久間を見下ろした。

「気になる?」

視線を外す事もせずに、佐久間は少しだけ、と頷いた。
俺はそれを確認した後、自分の口元を覆うマスクに手をかけた。
佐久間の橙眼がその動きを追う。
そして、

「…なんて、外す訳ねえだろ」

ふいと視線を外すと、余程の期待をしていたのであろう佐久間は固まったかと思えば胡座をかいていた俺の膝を叩き始めた。

「そういうのナシだろ咲山の馬鹿!」
「痛い痛い痛い」

暫くすると叩くのを止め、佐久間は両手でその顔を覆った。
咲山の馬鹿と何度も繰り返す佐久間に視線を移しながら、俺は再びマスクに手をかけた。

「佐久間」

顔を覆っていた佐久間の細い手首を掴み、現れたその唇に自分のものを重ねた。
軽いリップ音を立てて離れれば、呆然と目を見開いている佐久間がいた。

「…、え?…?」

口元を押さえながら、佐久間はその顔全部を真っ赤に染めて力が抜けたようにただただ呆然としていた。
それを見ながら、俺は佐久間に向けてVサインを出した。

「…してやったり」
「―、!!」

漸く現状を理解したようで、佐久間は声にならない叫びを上げながら又もや俺を叩き始めた。
そんな佐久間を宥めながら、俺は久しぶりにマスクをせずに大声で、笑った。




∴ 気を許すのは君にだけ
(マスク越しのキスも捨て難いけれど)



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