「お前さあ、邪魔じゃないのか?」
「…?」
振り返ったその顔は、端正な眉が顰められ、心底意味が解らないと言っているようだった。
振り返った時の名残で重力に逆らい波打っていた水色の髪は、次第にその力を失って最終的にははらりと細身の体に吸い付くように落ちていった。
それをぼんやりと眺めていた俺は、隣から響いてきた不機嫌そうな声にようやく我に返った。
「…一体何が邪魔だと言うんだ?」
腕を組み僅かに首を傾げながらエドガーはまっすぐ俺を見た。
しかしそれも、視線が合えばすぐに逸らされてしまうのだが。
「あー…いや、その…髪?」
「髪?」
語尾を上げて聞き返したエドガーはすぐにああ、と気づいたように自分の髪に触れた。
「慣れたからだろうか、そんなに邪魔だとは思わないが…。…そういう君こそ邪魔じゃないのか?」
「…俺も同じだよ」
無造作に伸びた自分の髪を見下ろしながら、再び目の前の男に視線を戻す。
エドガーが髪を梳く度に揺れる自分よりも遥かに長い髪を柄にもなく、綺麗だ、と思った。
自分の傷んでしまったぐしゃぐしゃな髪とは違う。
さらりと風に舞う水色。
それを目で追う内に、俺の手は無意識にその髪を掴んでいた。
「!」
エドガーの目が見開かれた。
まずい、と本能が警鐘を鳴らす。
こういった行為をして何もされなかった試しなど、ない。
「わ、悪い!」
俺が慌てて手を離せば、エドガーは俺に掴まれていた髪を手に取ると、ぎゅうと握りしめた。
その反応を見て、思わず息を呑んだ。
目に見えて嫌がられるのも陰で嫌がられるのと同じくらい傷つくものだな、と。
力無く腕を下ろしながら、こんな風にしかできない自分の手を強く握りしめた。
エドガーが踵を返す気配と共に、土を踏む音が響いた。
「…君は、いつも、唐突すぎる」
聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで紡がれた声はしかし、しっかりと俺の耳に届いた。
弾かれた様に顔を上げれば、視界一杯に広がる水色。
少しずつ遠くなっていくそれに向かって、俺は口を開いた。
「、だったら!」
ピタリと動きを止めたエドガーは振り返りはしなかったものの、何も言わずに続きを促した。
俺は一つ息を吐いて、俺の言葉を待つその背中に疑問を投げかけた。
「だったら、先に断っとけば、いいのか?」
心なしか荒くなっていた呼吸を鎮めながら、返答を待つ。
そうしている内に、綺麗な長い髪を躍らせながらゆっくりとエドガーは振り返った。
ほんの少しだけ柔らいだ目が俺を映した。
「…考えて、おこう」
再び踵を返してどんどん小さくなっていく背を見送りながら、思わず俺は、笑みを零した。
∴ 関門1、突破しました
(ゆっくり、ゆっくり、進みます)