暖かな風が駆け抜けた。
身につけたマントが翻る。
点々と真っ白な雲を浮かべる空は、憎らしいほど澄み渡っていた。

「呆気ねえもんだな、」

じゃり、と音を立てながら近づき、隣に立った不動を見遣る。
不動は両手を頭の後ろで組み、無にも近い表情で空を見上げていた。

「…」

ふと、俺は片膝をついた。
そうして己と同じ目線に位置する墓石に刻まれた文字を指でなぞりあげる。
むせ返るような甘い香りは、小さな墓を包む沢山の白い花。

「白なんて、似合わねえよなあ」

ボソリと呟かれた声を背中で受け止めながら、ゆっくりと立ち上がる。

「黒でも、ないだろう」

ほんの少し不動が身じろぐ気配がした。
それもそうだな、と返されたのは、それから間もなくの事だった。

「…弱くて強い人だった」

卑怯だと言われても、純粋な人だった。
今なら分かる、影山零治という人間を。
なんと皮肉なことであろうか、俺は一体今まで、あの人の何を見ていたというのだろう。
ゴーグルに手をかけて、静かに外す。
手の中で光るゴーグルに、ポツリと落ちる雫。
レンズに映る自分は、あまりにも情けない顔をしていた。
瞬きをしてしまえば、一気に零れるだろう涙を必死に抑える。
すると、小さく背中を叩かれた。
驚いて振り返れば、墓を見下ろす不動。
その目は、僅かに揺れていた。

「…総帥、」

不動から視線を外し、同じように墓を見下ろす。
再び墓に手を伸ばせば、ひんやりとした温度が伝わってきた。
途端、張り詰めていた糸が解け、次から次へと涙が溢れた。

「…お前も、馬鹿だな」

優しく背中を撫でる手に、酷く安心した。
そうして思い出した。
幼い頃に、こんな風に安心させてくれる暖かい手があった事を。
総帥、影山総帥。
貴方に、伝えたい事が山の様にあるのです。
言葉にすれば、一日では伝えること等できない程に。
それでも、もう届かない。
どんなに貴方を探しても、もう此処にはいないのだから。
落ち着く為に一つ息を吐き出して、俺はポケットから少しくたびれた封筒を取り出した。

「…それ、」

不動の不思議そうな声に、俺は封筒を目の前に掲げた。

「直接届かなくたって、…構わない。そんなもの、無い物ねだりだ」

それでも、ただ、伝わってくれと願う。
貴方が生きていた時に言えなかった沢山の感謝を、後悔を。
この何の変哲もない紙に託して。
そして、手にしていた封筒を静かに墓標の前に置き、目を閉じて手を合わせた。
それから少しして目を開いた俺は、手の中のゴーグルをつけなおした。
その動作が終わったのと同時に、後方から帰りを促す声。
それに俺は振り返ろうとして動きを止めた。
そうして、もう一度ゆっくりと墓標に向き直ると、俺は小さく呟いた。

「…さようなら、」




∴ 拝啓、戻らない、貴方へ
(また、会えますよう。)


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