風丸先輩が雷門に帰ってきたらしい。
僕はそれを聞いて驚きと嬉しさで頭がいっぱいで、冷静に考えればおかしい点なんて山のようにあったのに、その時僕は何も考えていなかったんだ。


「風丸先輩!」

視界に捉えた碧色を目指して僕は思い切り走った。
ゆっくりと髪を揺らしながら振り返ったその顔は、ああ、本物だ。
涙が自然と溢れてきて、陸上に帰ってきた訳ではないってわかってるのに。
視界がぼやける。先輩の顔を見たいのに。

「宮坂…元気な様で安心したよ」

ぽんぽんと頭を撫でてきた風丸先輩の手にすごく安心した。

「僕、元気が取り柄ですから!」

涙を拭きながら風丸先輩に笑顔を向けると、笑い返してくれた。
幸せだなあ、なんて思ったらまた涙が溢れてきそうだったから慌てて残りの涙を拭った。

「…そういえば、宇宙人は倒したんですか?テレビでは言ってなかったような気がするんですけど…」

少し腫れた瞼を抑えながら問えば、風丸先輩は困ったように笑った。

「…いや、まだだよ。なんせ宇宙人だから強くてさ」
「あー、確かにあいつら怖そうな顔してますもんね…」
「いや、顔なのか?」

はは、とさっきの困った笑顔とは逆に、可笑しそうに笑う風丸先輩。
またこんな風に話せて、すごく嬉しい。
今までサッカー部は全国を回って宇宙人と戦っていたから、直接会って話すのは本当に久しぶりなんだ。
まだ倒していないらしいけれど。

「…あ、そうだ先輩。久しぶりに一緒に走ってくれませんか?」

いつもの風丸先輩なら間髪入れずに承諾してくれる。
だから今回もそうだろう、そう信じていた。

「…ごめん」
「…え?」

先輩の顔から笑顔が消えて、蔭がさした。
俯いた先輩の動きに合わせて、さらりと髪が流れ落ちる。

「ど、いうこと、ですか…?」

状況を上手く飲み込めなくて、頭もぐるぐる回っている。
心なしか体が震えているのがわかった。
そして、先輩が顔を上げた。

「今は、走れないんだ。…いや、今だけじゃないのかもしれない」
「な、にを、言ってるんですか?」

今だけじゃないのかもしれない?
それがどういう意味を持っているのか、時間をかけなくてもすぐに理解できた。
僕が立ち尽くしていると目の前の先輩は深々と頭を下げた。

「すまない、宮さ、」
「何を言ってるのかと聞いているんです!どうして、どうしてそんなことを…!」

風丸先輩は顔を上げて僕を見ると苦笑した。
それでも、答えてはくれないらしい。

「…貴方は、貴方はまだ走れます…!走れないと言うのならどうして貴方は走っているんですか…!」

先程の涙とは全く別の涙が伝う。
顔を上げて風丸先輩を見ることができない。
貴方の口から、走れないなんて言葉を聞くなんて。
悪い夢なら覚めて欲しいのに。
そうしていると頭を撫でられる感触。
ゆっくりと顔を上げると、そこには今まで見たこともないような風丸先輩の暗い顔。

「…!」
「すまない、宮坂」

そう言って、風丸先輩は僕に背を向けてみるみる内に小さくなっていった。

「…走れるじゃ、ないですか…」

すまない、と何度も紡がれたその言葉は、風丸先輩の本心なのだろう。
でも、本当の貴方の本心がわからないんです。
結局、僕は何も分かってなどいなかったのだ。
そして、次から次へと溢れ出す涙を止める術も、僕にはわからぬまま、ただただ大声をあげて泣いたのだ。




∴ わかっていた、つもりで
(どうして、僕は、)


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