「あ、猫」

部活の帰り道だった。
学校を出た時は、それはもう見知った仲間達で溢れ返っていたのだが、そのまま家路につくという者、用事があると足早に帰った者、雷々軒に立ち寄ろうという者というように次々と別れていった。
俺は特に用もなく腹が空いているという訳でもなかった為に、必然的に家路につく者に振り分けられた。
けれど、それが自分ただ一人というわけではなく、先程声を発した人物と共に街灯に照らされた道路の上を歩いていた。

「猫?」
「ほら、あそこに…あ、こっち来た」
「ああ、本当だ」

ガサリと植木の間から現れ、ひょいと塀から飛び降りてきたその猫は青みがかった毛並みをしていた。
街灯に照らされて僅かに白っぽくも見える。
隣に立っていた狩屋が猫を呼び寄せるためかしゃがみ込み、猫に向かってにゃあと鳴いた。
それに反応したからなのか、人懐っこいからなのか定かではないがその猫は狩屋の足元に擦り寄ってきた。
体を擦り寄せてくる猫に、狩屋は少しだけ目元を和ませて猫の綺麗な毛を愛おしむように撫でた。

「狩屋、猫好き?」
「え、ああ…まあ。可愛いし、なんていうか親近感?が湧くんで」
「ああ、なるほど」

狩屋を動物に例えるなら何かと聞かれれば、俺は間髪入れずに間違いなく猫だと言うだろう。
体の身軽さや柔軟性だけでなく、性格も猫そっくりだ。
目だって猫目で、髪も手触りが少し猫を彷彿とさせる。
猫じゃらしで遊んでやりたくなる。
しかし、それを言ったら怒られるのは目に見えている。

「霧野先輩は猫好きですか?」
「ん、好きだな。可愛いし、懐いてくれた時なんて凄く嬉しい」

なんて、思い浮かべているのは狩屋の顔。
分かります、嬉しいですよね、と言いながら猫を撫で続ける狩屋を見ながら、ふと頬を緩めた。
俺が今、猫を通して狩屋の話をしている事なんて気づいていないだろうに。
狩屋に撫でられている猫は、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
それが嬉しいのか狩屋は猫を抱き抱えて頬擦りを始めた。
おい猫、そこ変われ。

「…狩屋ー」
「なんですか?」
「狩屋ー」
「だーから、なんですか!」

痺れを切らしたように狩屋が勢いよく振り返った。
それとほぼ同時に、狩屋の腕の中から猫がするりと抜け出した。
あ、と思ったのも束の間、最後に一度俺達に向けて鳴いた猫はそのまま駆けて行ってしまった。
行き場を失った狩屋の手が力無く落ちて行った。
目に見えて落ち込んだ様子の狩屋に申し訳なさを感じつつも、どうしようもなく悪戯心が芽生えてしまった。
一歩だけ足を引き狩屋との距離を取った後に、立ち上がろうとしている狩屋を見遣った。

「狩屋、怒ってるのか?」
「別に。ただ、用もないのに呼ばないで欲しいだけです」
「怒ってるじゃないか」

怒ってません、怒ってるのエンドレス。
狩屋の纏う雰囲気はみるみる内に剣呑さを孕んでいく。
それを確認し、ふと黙り込んだ俺は狩屋の背を見つめた。
突然の事に驚いたのか、狩屋が軽く身じろいだ。

「狩屋」
「…」
「狩屋、おいでー」
「…は?」

振り返ろうと体を捻る狩屋に向かって、ちっちっと言いながら呼びかける。
手で招く形で狩屋を呼べば、それもう不審者を見るような目つきで俺を見てきた。
呆れ返ったように細められた金色の瞳は、やはり猫のようだった。
それでも俺は狩屋を呼ぶことを止めなかった。
何故か、それは狩屋が押しに弱いことをよく理解しているからだ。
現に狩屋は先程の表情から一変して、困ったように視線を泳がせていた。
狩屋、狩屋と呼び続ける。
そうすれば狩屋は怖ず怖ずと俺の元へやって来て、そうしてゆっくりと俺の胸の中へ倒れ込んできた。
控えめに俺の背に腕を回しながら。

「…何なんですか、あんた」
「何だと思う?」
「どうせ何でもないとか言うんでしょ」
「せーかい」

俺よりも小さい狩屋を腕の中に閉じ込めながら、なあ狩屋と呼びかける。
何ですか、とぶっきらぼうに返す狩屋の纏う雰囲気は明らかに照れているのだが気づかないフリをして続けた。

「俺、猫好きなんだ」
「さっき聞きました」
「狩屋」
「何ですか」
「にゃあって言って」

瞬間、力の限り背中を拳で殴られた。
あまりにも唐突だったために勢いよく噎せる俺を余所に、狩屋は謝罪も無しに黙り込んでいる。
やっぱりダメだったかなあ、と狩屋の猫っ毛の髪に顔を埋めると狩屋の肩が浮いた。
それに気がついた俺は思わず頬を緩め、マサキと呼んだ。
腕の中からは、にゃあ、と鳴く小さな声が聞こえた。




∴ つまるところ、君が好き
(言わなくてもわかるでしょ)



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