「流れ星は、きっと泣いてるんだね」
「ヒロトさん、大丈夫ですか?」

満天の星空を眺めながらヒロトが告げた言葉に狩屋は目の前に立つ、兄のような存在の人物を訝しげに見つめた。
厭味も込めていたのだが、そこは大人の余裕というものだろうか、ヒロトは何も言わずに狩屋に笑いかけただけであった。
なぜだか少し羞恥に駆られ、狩屋はヒロトから視線を外し頭を掻いて夜空を見上げた。
凍てついた空に、幾つもの星が張り付いたように輝いている。
この小さな丘の上で見る夜空は、お日さま園の窓から見る夜空よりも少しだけ低いような気がした。

「あ、ほら。また流れたよ」
「…」
「お願い事は早く言わないと、すぐ流れちゃうよ」
「願い事なんてないです」
「ええ?じゃあ、お願い事が欲しいってお願いしたら?」
「何ですかそれ!」

この丘の上は、ヒロトが狩屋に教えてくれた、いわば秘密基地のような場所だ。
俺がマサキくらいの頃に見つけたんだ、とヒロトが狩屋を初めてこの場所へ連れてきた時に言っていた。
ここに来れば、星達が辛い事も嫌な事も忘れさせてくれるんだ、と。
この大人は何を言ってるんだ、と幼かった自分は散々心の内でヒロトを馬鹿にしていた。
けれどヒロトにこの場所を教えて貰って以降、狩屋は頻繁に此処を訪れた。
ヒロトが言っていた事はよくわからなかったけれど、どうしてだか此処で星を眺めていると安心したのだ。

「マサキは泣かないよね」
「は?」
「我慢強い子だ」
「そうでもないと思いますけど…」
「いや、本当さ」

星が流れていく、ヒロトの横顔を照らしながら。
そんなヒロトの横顔が、どこか幼く見えた。
いつだったか、瞳子さんに見せてもらったアルバムの中のヒロトの幼い頃のように。
マサキは俺に似ているね、とヒロトは言った。
そう言われて、狩屋は頻りに首を傾げた。
いつだって冷静で機転が利いて、言葉通り大人なヒロトとは正反対の自分が、彼に似ているはずがないと。
それだというのにヒロトは、似ていると何度も繰り返した。

「前に言ったよね、ここに来ればみんな忘れられるって」
「…」
「泣きたかった筈なのに、気がついたらそんなこと忘れてしまっているんだ」

相変わらずヒロトは空を見上げている。
それに倣って狩屋も視線を上げた。
輝く星達を掻き分けるように、流れていく星。
あれが星でないことは知っている、それだというのに星に見紛う程に美しいのは何故か。

「泣いてくれているのさ、きっと。俺達の涙を吸収して、そして空を流れていくんだ」

雨がそうであるように、星もきっと。
ヒロトの声を聞きながら、狩屋はやっぱりヒロトさんは訳がわからないな、と思っていた。
それでも、ヒロトの言っていることは今なら分かるような気もした。

「なんて、やっぱり変かな。俺」
「…そうですね。少なくとも俺はそう思ってます」
「正直だなあ、マサキは」

はは、と笑みを零しながらヒロトが服を叩きながら立ち上がる。
その行方をぼんやりと見ていた狩屋は、帰ろうかというヒロトの声で我に返り立ち上がった。
先を歩いて行くヒロトの背を追いかけるように早足で歩いていると、前方のヒロトが立ち止まった。
それに驚いて思わず狩屋も足を止める。
指を立てて振り返ったヒロトの翡翠色の瞳を見返しながら、狩屋は息を飲んだ。

「肉まん買って帰ろうか」
「じゃあ俺は二つお願いします」
「そうだなあ、今日は俺の話を聞いてくれたから三つにしよう」
「うわ、ヒロトさん太っ腹!」

嬉しさを隠すこともせずに、今だに立ち止まって自分を待ってくれているヒロトを目指して狩屋が走り出す。
その後ろでは再び星が、滑るように流れていた。




∴ 星屑が零した涙
(星に成り切れなかった、その行方)




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