今、女子の間で文通が流行っているらしい。
電子機器が発達している今のご時世、どうしてそんなアナログ的なものが流行っているのか分からなかった。
けれど、それを悪く思っていないのもまた事実であった。
むしろ、素敵じゃないかと思う。

(あ、)

目の前を見覚えのある人物が軽い足どりで歩いてきている。
トレードマークであろうボリュームのある三つ編みを揺らしながら、軽やかに周囲の者達を避けて。

「あ、シン様!」

ばちり、と紫色の瞳と視線が交差したかと思えば彼女はその足を早め、そうして俺の元へと駆けてきた。
相変わらず、その手にはピンク色のカメラが携えられていた。

「なんだか嬉しそうだな。何かあったのか?」

山菜が俺の目の前に着くが早いか、そう口にすれば、山菜は不思議そうに首を傾げた。
そこで、あれ、と違和感を覚える。
どうやら自分は、見当違いの事を言ってしまったようだ。
それに気づいた俺は慌てて訂正を入れようと僅かに身を乗り出した。
しかし、俺が言葉を紡ぐ前に、山菜から発せられた声によってそれは遮られた。

「シン様に用事があって探していたんです」
「え?俺に?」

はい、と山菜は微笑んだ。
頷いて、真っすぐに俺を見つめながら。
俺に用事とはサッカー部の事だろうか。
俺と山菜は同級生であると同時に、部活の仲間でもある。
選手とマネージャーでは立場は違うのだが、仲間であるに変わりはない。
思わず彼女の存在を忘れて考え込んでしまっていると、嬉しかったのは、という声が耳に届いてきてそこで我に返った。
ゆっくりと彼女に視線を向ければ、幸せそうな笑みを浮かべていた。

「直ぐにこうして会えた事、シン様とお話出来ている今が嬉しいです」

サラリと紡がれたその台詞は、俺の頬に熱を集中させるには余りにも十分であった。
彼女は何時だって、自分の思った事を躊躇いもなく口に出す。
つい溜め込んでしまう自分からすると、とても羨ましい。
しかしその言葉は唐突過ぎて、心臓に悪かったりもするのだが。

「え、ええと…あ、そうだ山菜。俺に用事って?」

一つ咳ばらいをして、どうしたものかと思案していると、そういえば本題があったのを思い出して山菜を見る。
そうすれば彼女も、思い出したようにカメラを持つ手を持ち上げた。
その行動の始終を見つめていると、目の前に綺麗な色の封筒が現れた。

「…え?」

何も聞かされぬまま目の前に突き出された封筒。
それと彼女の顔を交互に見遣るけれど、彼女は笑みを浮かべたままだった。
何となく、その封筒に手を伸ばして受け取る。
その行為はどうやら正解だったようで、山菜は満足そうに頷いた。

「今、女子の間で文通が流行ってるんです」

まじまじと封筒を見つめていた俺は、弾かれたように顔を上げた。
文通、封筒、その二つから推測してみれば、いとも簡単に答えは出た。
カメラや携帯といった、如何にもデジタル派な彼女が文通とは意外なものだ。
けれど、それ以上に意外なのは彼女が文通を望んでいるその相手だ。
それは紛れも無い、彼女の目の前に立っている自分なのだ。

「俺なんかと文通したって、楽しくないと思うぞ」

自分は彼女達が話すような最新の出来事とか、そういうものに疎いという自覚が十分にある。
それを抜きにしたって彼女には瀬戸という友人もいるし、瀬戸以外にも沢山いるだろう。
けれど、自分でそう思うとどうしてだか胸が痛んだ。
それなのに、悲観的な考えしか浮かんでこないのだ。
封筒を握る手に僅かに力を込めれば、くしゃりと小さな音がした。

「シン様」

高い声が、ただ一人しか使わない俺の愛称を紡ぐ。
そうして顔を上げれば、飛び込んできたのは柔らかい彼女の笑顔。

「私はシン様と文通したいんです」

他の誰かでは駄目なのだと、紫色の瞳が言っている気がした。
上手く言葉が出てこなくて、喉の奥はすっかり渇いてしまっている。
掠れた息遣いが響くだけだ。
思わず、手の中で少し歪んでしまった封筒に視線を落とした。
そして山菜の方へ視線を移す。
よく見ると、その白い頬には赤みが差していた。
そんな彼女を見て、やはりこの小さな流行は素敵なものだと、心の底から思えた。
手の中の淡い藤色の封筒が、かさりと音を鳴らして震えていた。




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(改めまして、大好きな貴方へ)




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