「剣城君て、彼女とかいないの?」

最初はその無駄な広さに圧倒され、しかし時が経てば自然とそれが当たり前になったサッカー部の部室に、どういう訳だか彼女と二人きりだった。
始めは自分一人だけの居心地の良い空間だったのだ。
いつもは周囲が騒がしいからか妙に静かに感じたのも確かなのだが、けれどそれが寂しい訳では決して無かった。
それだというのに空野葵という同い年のマネージャーは、部室に入って来たのは仕方がないが、あろうことか俺の空間をあっさりと壊したのだ。
携帯をいじっていた手は、あまりにも突拍子な言葉のお陰でピクリとも動かなかった。

「…そんな事聞いてどうするんだよ」
「や、別にどうもしないけど、何だか気になって」

どうにも理解が出来なくて、むしろ理解をしたくなくて適当に返事を返し、無理矢理会話を終わらせようと携帯に視線を落とした。
しかしすぐに、ええ、という不満げな声が隣から発せられる。
ちらりと一瞥すれば、大きな青い瞳に憤慨の色を乗せながら真っすぐに自分を捉える彼女の姿があった。
思わず身をのけ反らせると、それを見逃さなかった彼女が一気に距離を詰めてきた。

「そんなに無愛想だと、女の子にモテないよ」

その言葉に、強張らせていた体から一気に力が抜けた。
身を起こし、目の前の彼女を元の位置に戻させる為にその肩を軽く押した。

「、…」

俺に押されて何か不平を言うでもなく彼女は、当たり前のように元の位置へ戻った。
それを視界の端に捉えながら、ついさっき彼女の肩を押した自分の左手を見下ろした。
思っていたよりも彼女の肩は細くて、そして華奢だった。

「別にモテなくていいし、彼女も作る気無いから」
「え、そうなの?勿体ない」

何が勿体ないのか分からなかったけれど、そんな事よりも何故だか彼女の事が気になった。
手の中の携帯は既に画面は真っ暗で、もういじる気も失せた小さな機械を閉じた。
パクン、と軽快な音が響いた。

「そういうお前こそ、いそうだけどな。彼氏」
「そう?でも、残念ながらいないんだ」

剣城君と一緒、そう続けた彼女はとても嬉しそうに笑っていた。
天馬達といる時とはどこか違う、可愛らしい笑顔で。
初めて彼女と会話、というよりも彼女の一方的な会話だったが、その時からだと思う。
自分のペースが掻き乱されているのは。

「欲しいなあ、彼氏」
「…まだ作らなくていいだろ」

まだまだ中学生、しかもつい最近までランドセルを背負っていた子供だったのだ。
それがたかだか中学生になって3ヶ月程の今、彼氏がどうの彼女がどうのなんて正直俺は理解出来ない。

「案外真面目なんだね、剣城君」

可笑しそうに口元を覆って笑った彼女は、そうして立ち上がると自動ドアに向かって歩きだした。
その行方を目で追いながら、少しだけ目を細めた。
自動ドアの前に彼女が立てば、彼女を認めたドアが開く。
そのまま出ていくと思っていた彼女は俺を振り返って、そして彼女自身を指差した。

「彼氏。募集中だよ、剣城君」

最後にそう言って、彼女は少し短めの水色のスカートを翻しながら部室を後にした。
ドアが閉まるのを見送り、俺は脱力しながら頭を掻いた。
相変わらず手の中にあった携帯の画面を開く。
そうして再び携帯をいじりながら、彼女が最後に言った言葉を思い出した。
本当に彼女といるとペースが掻き乱されて調子が狂う。
それが心地好い訳ではないのだがもしかしたら、彼女に振り回されるのも悪くはないのかもしれない。
彼女の肩に触れた左手をふと目の高さまで持ち上げる。
予想外だったあの感触を思い出しながら、僅かに熱いその手をゆっくりと握りしめた。




∴ 貴方の隣は空いていますか?
(私の隣は貴方の為に空けてあるんだよ)



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -