小さな呻き声が聞こえる。
読んでいた本から目を離し、その声がする方を見遣る。
部屋の丁度真ん中に備え付けられた少し小さなテーブルに、呻き声の主は、大丈夫なのだろうかと思わず懸念してしまう程に強く額を押し付けていた。

「言っとくけど、まだ助けてやらないからな。倉間」
「そんなこと言わないで下さいよ…」

恨めしそうにこちらを見上げてきた倉間の額は案の定、真っ赤になっていた。
そこに向けて、ゆっくりと手を伸ばす。
手の中の本は支えを失って、パラパラとページを閉じていった。

「勉強は、自分の力でするものだろ?」
「だからって、ヒントくらいくれてもいいんじゃないんすかね」

倉間の左目を覆う前髪を掻き分けて、赤い額に伸ばした手を押し当てる。
されるがままに、倉間はテーブルに突っ伏して再び大きなため息を吐いた。
テーブルの上に散乱しているノートやプリント、教科書を一瞥する。
懐かしいものだな、と妙に感慨深くなり、倉間の額に当てていた手を離して近くの教科書を取った。
ページを開けば、やはり懐かしい内容ばかりが並んでいた。

「…倉間」

教科書を閉じて、微動だにしない倉間を見下ろす。
倉間の目が自分を映し出す頃には、自分でもわかるほどに俺は、完璧なる不敵な笑みを浮かべていた。

「…、」

呆れたような眼差しを送ってきた倉間の頭を小突き、顎でプリントを示す。
現在進行形で倉間が頭を抱えている問題の書かれたプリントを。

「それ終わったら、アイスなんてどうだ?」
「…南沢さんの奢りっすか?」

倉間の瞳に、僅かに光が宿った。
体を起こしながら、倉間は確認するように真っすぐに俺を視界に捉えていた。

「もちろん」
「乗った!」

それはもう嬉しそうで、誰が見ても分かるほど纏う空気が明るくなった。
先程の苦悩に満ちた姿は何処へやら。
頬杖をつき、鼻唄まで唄い始めた倉間を眺める。
その姿はあまりにも、中学生らしくも子供っぽくて、そして。

「単純だなあ」

思わず緩んだ口元を隠しながら、小さく呟いた。
それに対し、は?と倉間が素っ頓狂な声を上げた。
片方だけ覗く三白眼は、胡乱げな色を宿している。

「単純てなんすか」
「いや、倉間可愛いなと思って」
「理由になってないんすけど!!」

憤慨したようにテーブルをバンバンと叩き付ける倉間。
そして遂には、そっぽを向いてしまった。
眼下のプリントを見下ろせば、どうしても解けないと言っていた問題以外、全て正解だった。
それを認めて、顔を上げた俺は苦笑した。
喜怒哀楽がハッキリしていて、素直で正直な倉間。
だから。

「羨ましいんだよ」

水色の髪を撫でながら、俺は自分に言い聞かせるように呟いた。
振り返った倉間の表情は相変わらず胡乱に染まっていたけれど。
そんな倉間の反応に満足した俺は、倉間の頭から手を離してプリントを叩いた。

「ほら、ラスト頑張れ」
「…はい」

シャーペンを持ち直し、真剣な表情に変わった倉間を見る。
いつの日だったか、俺が羨ましいと倉間は言った。
それならば、俺はお前が思っている以上にお前が羨ましい。
だからきっと、俺はお前に惹かれたのだ。
子供っぽくて、単純で、素直で正直な、俺とは正反対のお前に。
閉じられていた本を手に取って、読んでいたページを見つけ出す。
再び本を読みはじめた俺の耳には、文字を綴るシャーペンの音だけが届いていた。




∴ 君を愛した理由
(教えてなんてやらないのだけれど)




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