幼い頃からずっと、といえば少々語弊があるかもしれないが、俺と霧野は所謂幼馴染みの仲であった。
世間知らずだった俺に、流行ってるものだとか、皆との遊び方だとか、沢山の事を教えてくれた。
そんな些細な事だったけれど、新しいことを一つ、また一つと知る度に、俺は嬉しくてたまらなかった。
そういったものを知る一方で、気がつけば俺は、人を好きになるという感情を、本人の知らないところで、知ってしまったのだ。
そして、それは。

(勘違い、でも無さそうだ)

幼さ故の思い違いでも、決して無い。
隣にいることが当たり前、喜怒哀楽を素のままに見せ合うのも当たり前。
俺達って、何も言わなくても、お互いに思ってる事が分かるよな。
いつの日だったか、霧野は俺にそう言った。
だけど、俺はそう思えなかった。
想いに気づいたあの日からずっと、変わることなく抱き続けてきた感情は、霧野には伝わっていないのだから。




「神童、」

ぶつり、と鳴り響いていた音が消えた。
その方を見遣れば、かけていたクラシックのCDがいつの間にか、演奏を終えていた。
陶器の擦れる音が響き、ゆっくりと首を巡らせた。
青い石を嵌め込んだような霧野の綺麗な碧眼に、ぼんやりとした表情をした自分が映し出される。

「どうした?また悩み事か?」

紅茶の入ったカップを卓上に置き、霧野は眉を下げ、苦笑しながら俺の顔を覗き込む。
こういうふとした仕草に、いちいちドキリとさせられてしまうのだから、それだけ俺は、霧野を。

「いや、…」

霧野を想えば想うほど、もしかしたら霧野も同じかもしれないという期待と、違っていたら今の関係が壊れてしまうかもしれないという不安が対立して、どうしようもなくなる。
黙り込んでしまった俺に、霧野は僅かに肩を竦めるとソファに体重を預けた。
スプリングの音が、小さく響いた。

「俺は、何があっても、神童を嫌いになんてならないさ」

霧野から発せられた言葉に、弾かれたように顔を上げた。
優しく微笑む霧野が、そこにはいて。
思わず、息を飲んだ。
もう、後戻りなんて出来なかった。
卓上に置かれたカップの中の紅茶が、そんな俺を嘲笑うかのように水面を揺らした。

「…俺の気持ちは、霧野の言うそれとは違う」

膝の上に置いた拳が震えている。
視界が滲んでいく。
互いの息遣いが聞こえる程に、室内は静寂に包まれていた。
きっと、すぐに自分の嗚咽がその静寂を破ってしまうのだろう。

「神童、」

しかし、嗚咽が響き出す前に、霧野によって破られた。
視線だけを霧野に向ける。
そうすれば、霧野の手が、俺の拳に重ねられた。

「一緒さ。違うはずがない。だって、言っただろ?」

何も言わなくても、お互いに思ってる事が分かるって。
霧野が再び、俺に笑いかける。
耳の奥で響く鼓動が、やけに煩くて、霧野に言いたい事が沢山あるというのに上手くまとまらない。

「霧野、」
「ん?」

伝わっていないと思っていた、変わってしまうと思っていた。
顔を上げれば、幼い頃から何も変わっていない景色が広がっていた。

「…好きだよ、蘭丸」

振り絞った声は、少しだけ掠れていた。
重ねられた手をとり、そのまま指を絡ませる。
霧野の手が俺の手を握り返すと同時に、俺はその細い体を引き寄せ、抱きしめた。




∴ 恋が愛へと変わっていく
(変わったものは、ただ一つ)

――――――――
企画提出/「君とキスする五秒前」様へ



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -