「リンちゃーん、おねがーい」

ルカ姉がキッチンのカウンターから顔を覗かせた。
私は読んでいた漫画を閉じて、ルカ姉を振り返った。

「今度はなに?」
「今度は肉じゃがね」

困ったように笑うルカ姉。
ルカ姉が作りすぎるのはよくあること。
私は隣りにその作りすぎた料理を持って行く係。
作りすぎるというよりも「作ってあげる」という表現のほうが正しいのだけれど。

「じゃあ持ってくね!」
「ありがとう。いってらっしゃい!」

ルカ姉の手から料理を受け取ると、私は玄関へ向かい靴を履いて外へ出た。


「お邪魔しまーす!」

開いた扉を閉めてキッチンの方へ声を掛けると、がく兄がひょっこりと顔を出して私の元に駆けてきた。

「いつもすまないな」
「ううん、平気だよー。あ、今日は肉じゃがだよ!」

料理にかけられたラップを開いて見せると、がく兄は目を輝かせた。

「これはまた美味そうだ!」

冷めない内に用意せねば、と呟きながらキッチンに戻ろうとしたがく兄は、はた、と思い出したように立ち止まり私を振り返った。

「先程帰ってきたばかりだから部屋にいるはずだぞ」
「うん!ありがとう!」

がく兄がキッチンに行ったのを見送って、私は階段を駆け上がり、あるドアの前に立った。
少しドキドキする。でもこの感じは嫌いじゃない。
ドアノブに手を掛けて、私は扉を開いた。

「レン!お帰り!…って、あ、れ」

床には放り出されたのであろう通学カバンから教科書やノート、筆箱がはみ出て散らかっていた。
そしてそんな風にしたのであろう本人は、制服のままベッドに沈み、規則正しい寝息を立てていた。

「なあんだ…」

部屋に入ったら何話そうって考えてたんだけどな、なんて思うと気分が沈んだ。
起きてくれないかなあ。でも疲れてるよね。うちのサッカー部は強いから練習もハードみたいだし。
ふう、とため息をつきながら足元に転がる物を拾い上げカバンの中に詰めたあと、私はレンの寝ているベッドへ近づき、レンの寝顔を見つめた。

「綺麗だなあ…」

睫毛長いし、髪はふわふわしてるし、肌は白いし、肌はツヤツヤ。
レンの髪に手を伸ばすと、さらりと指の間を流れていった。
このレンの容姿にどれだけの女の子が夢中になったんだろう。
そんなレンの幼なじみの私もその一人だった。

「…レーン」

ピクリともしないレン。…帰ろうかな。
ドアを目指そうと振り返った瞬間、心地好い体温に包まれた。

「帰るの?」

聞き慣れた声に横を見ると、レンの慌てた顔があった。

「やっと起きた!遅い!」
「ごめんごめん!」

眉をヘの字に曲げながらレンが柔らかく笑った。
えへへと笑い返し、レンの胸に顔を埋めると優しく頭を撫でてくれた。
この瞬間がすごく安心する。

「レン、レーン」
「んー?」

顔を上げて真っ直ぐにレンを見つめる。
レンが小さく首を傾げた。

「大好き!」

それを聞いて目を見開いたまま固まったレンは、しばらくして、
私のおでこに小さくキスをした。






∴ 君にしか言わないの
(いつまでもその笑顔が)
(私に向けられていますように)


響さん、お誕生日
おめでとうございます!



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