じめじめした空気の中に少しずつ初夏の香りが漂いだした。
ふと目に止まった木を、ぽたりと落ちる一雫。

「あっつ…」

前髪をかきあげながら、この暑さを少しでも紛らわせるべく、俺は自販機を目指すことにした。


「げ、バナナオレがない」

何度確認してもない。ありえないだろ俺の一日の楽しみが。
自販機に額を押し付けると、耳元で軽快な機械音がした。

「、え」

ガコン、と派手な音を立てて出てきたそれはオレンジジュース。
そうだ、俺、すでにお金入れてたじゃん。
なんで出さなかった、俺。
手に取ったパックを眺めながら俺は深々とため息をついた。

「仕方ないか…」

そしてそのまま自販機を後にし「あーっ!!!」た?
突如後ろから聞こえた叫びに俺は足を止めずにはいられなかった。

「オレンジジュースが、ない…」

振り返ったその場所にいたのは財布を片手に肩を落とし、その肩につくくらいの金髪に大きなリボンをつけた、

「鏡音、先輩…?」

この学校じゃ知らない人は一人もいない。気さくな性格で誰にでも笑顔で接する優しくて何でもできる、みんなの憧れの的な2年の鏡音リン先輩。顔は見たことなかったけど、成る程、人気者だというのは頷ける。
というか先輩、オレンジジュースって言ったような。

「…」

手の中を覗くとまだひんやりとしているオレンジジュース。
前を見ると、うう、と言って泣く泣く別のものを買おうとしている先輩。
頭で考えるより早く、俺の足は先輩の方へ向かっていた。

「あの、」
「え?」

先輩と視線が交差した瞬間、胸が締め付けられるような感覚に陥った。
綺麗に透き通る碧眼に映った俺の顔はなんだか紅潮しているようだった。

「、その、こ…これ」

先輩の目の前にパック表面に水滴が出てきたオレンジジュースを差し出した。
それを見た先輩は目を見開きながら俺を見た。
どうやら説明が必要なようだ。

「えっと俺、間違って買っちゃって、鏡音先輩これが欲しかったみたいだから、」

これあげます、勿論お金はいりません。
そう言うと鏡音先輩は一つ瞬きをすると、花が咲いたようにぱあっと笑った。

「いいの?」
「はい」
「…ありがとう!」

俺からジュースを受けとった先輩は本当に嬉しそうで。
あげてよかった、そう思った。

「優しいね、レンくん」
「え?」

先輩の口から出た言葉に俺は驚いた。
なんで、名前を?
そんな考えを見透かしたように鏡音先輩が小さく笑った。

「ふふ、私はリンでいいよ!」
「え、?えっと、り、…リン、先輩?」
「先輩なんていいのにー」

あははと笑ったリン先輩は思い出したように手を叩いたかと思ったら、ポケットから何かを取り出した。

「はい!お礼!、って言ってもレンくんに比べたら些細な物なんだけど…」
「?」

俺がそれを受け取るのを確認したリン先輩は小さくウィンクをし、とびっきりの笑顔を最後に見せると、またね、と言って足早に駆けて行った。
それを呆然と見送った俺は、ふと思い出して握りしめた手をゆっくりと開いた。

「…飴?」

それは半透明の袋に包まれている黄色い飴だった。
袋から取り出して陽に翳すとほんの少しだけキラキラと輝いた。

「おお」

なかなか綺麗だ、なんて思いつつ口に放り込んだそれは、ころころコロコロ転がって、口いっぱいに独特の味を広げたのだった。






∴ 檸檬色の初恋
(口の中に広がる甘酸っぱさは)
(未だ残る熱の余韻のようで)




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