「煩悩の数って知ってる?」
プロヒーローになったらそれなりにモテるんじゃないかと思っていたが、それは例えば轟みたいな、元々イケメンで、派手な“個性”を持っていて、毎日大活躍していて、尚且つテレビでも引っ張りだこなヤツに限られるわけであって、俺のような中途半端なヒーローはそこまでモテない、ということに気付いたのは、プロヒーローになってから四年が経つ最近になってのことだった。
俺もそんなに顔は悪くねぇと思うんだけどなあ、なんて言おうもんなら、どこからか罵声が飛んできそうなので口にはしない。まあつまり俺が何を言いたいかというと、折角憧れのプロヒーローになれたというのに彼女の一人もできていないなんてどう考えてもおかしい、ということなのだ。
「チャージズマくんは、」
「あ、それはヒーロー名で名前は上鳴電気ね。電気でいーよ」
「じゃあ電気くんは、付き合えるならどんな子でもいいの?」
「どんな子でも、とは言えねーかな……」
「ほらあ…結局選り好みするんじゃん」
「いや俺にだって少しぐらい選ぶ権利あるでしょ」
がやがやと五月蝿い店内の一角。男性三名、女性三名が向かい合わせに座るお食事会…所謂、合コンの席で、斜め前に座る女の子に指摘された俺は唇を尖らす。「俺ら三人、彼女がなかなかできないんだよね」と隣に座る同期が言ったのをキッカケに、女性陣からの質問攻撃が始まったのは十五分ほど前。
「好みのタイプは?」という定番の質問から始まって「どれぐらいの頻度で連絡を取り合いたい?」「理想のデートの頻度は?」なんていう具体的なことまで訊かれた。女の子達の勢い、すごい。
そうして質問の嵐の末に尋ねられたのが先ほどの内容である。確かに俺は彼女ができたらいいな、ほしいなとは思っているが、誰でもいいと投げやりになるほど落ちぶれてはいないつもりだ。どうせ付き合うなら可愛い子が良いと思うし、自分が好きだと思える子じゃなきゃ嫌だと思うのは当然のことである。
俺は手元のジョッキを持ち上げて、残っていたビールをぐびりと喉の奥に流し込んだ。ビールはそこまで好きではないが、こういう席ではなんとなくビールを頼む。その方が男らしいかなという、どうでもいい見栄を張ってのことだ。
ジョッキを置いて、ふと、正面に目をやると「次頼む?」とドリンクメニューを渡されたので、お礼を言って受け取る。そういえば質問を繰り出しているのは真ん中に座っている子と俺のちょうど対角線に座っている子の二人で、俺の目の前に座って今メニュー表を渡してきてくれた子はほとんど口を開いていない。ただ男性側の発言を聞いて、上手に笑っているだけだ。
確か名前はみょうじなまえちゃん。見た目は普通に可愛い方。自分から積極的にガツガツ話す性格ではなさそうだが全く喋らないというわけでもないようで、相槌を打つのが上手い印象だ。俺のジョッキが空になったことにすぐ気付いてくれたところを見ると気が利くタイプなのかもしれない。
「なまえちゃんは? もう飲まねーの?」
「そんなにお酒強い方じゃないからどうしよっかなって迷ってて…」
「あと一杯ぐらい飲んだら? なんならタクシー呼ぶし。家近いなら送ってもいいし」
「うーん…じゃあ……あと一杯だけ」
自己紹介の時に俺と同い年だと言っていた彼女は、年齢よりも少し幼い笑顔を見せてから俺の持っているドリンクメニューに手を伸ばした。酔っているからなのか、それまで気付かなかった俺の目が節穴なのか。どちらにせよ、その笑顔を見ていとも簡単に恋に落ちてしまった俺は「ビールでいいの?」という彼女の声に暫く反応できなかった。
それからは、分かりやすいほど彼女に声をかけまくった。好意を寄せてますって、本人が気付いているのかどうかは定かではないが、周りは確実に「ああコイツ、なまえちゃん狙いなんだな」と察したと思う。そのお陰で俺は今、お目当てのなまえちゃんと二人で夜道を歩くことに成功している。
お酒に強い方じゃないと言っていた通り、彼女は俺が勧めた一杯を半分ぐらい飲んだところでふわふわし始めて、全て飲み切った頃には随分と酔いが回ってとろりとした目になっていた。彼女に最後の一杯を勧めたのは俺だし勧める時に送るからと言ったのも俺だからきちんと家まで送り届けなければ、という責任感と、彼女を送るという名目があればナチュラルに二人きりになれてラッキー! という下心。どちらかというと後者の気持ちの方が大きいのは否めない。
「家ってこっち?」
「うーん…あっち」
「え、逆じゃん。だいじょーぶ? マジであっち?」
ふらりふらりとした足取りで歩く彼女はどこからどう見ても酔っ払いで隙だらけ。とろんとした目で「電気くんは紳士だね」なんて言われたが、残念ながら俺は彼女が考えているほど紳士な男じゃないので、ここからどうしようかと迷っているところである。
意中の女の子と二人きり。しかも夜。ちょっと歩いたら歓楽街もある。考えること数秒。…いや、だめだろ。ここでそういうことしちゃうと今後に影響しそうだし。そうして自分の理性を総動員してどうにか彼女を家に送り届けようと決意を固めた俺は、もう一度彼女に家の方向を問う。
するとその時、彼女がよろけてこけそうになった。俺は反射的に彼女のお腹の辺りに腕を差し込み転倒を回避する。危なかった、とホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。俺は現状を把握して頭を抱えたい衝動に駆られた。
思っていたよりも近い距離と、香水とは違う、恐らく彼女特有のいい香りが鼻腔を掠めて、一気にムラムラとした感情が沸き起こってきてしまう。しかも彼女を支えるためにお腹の辺りに差し込んだままの俺の腕には、やんわりと女性特有の膨らみが当たっていて、これはどう考えてもやばい。
「ありがと」
「いや…全然、」
「ごめんね、迷惑かけちゃって」
「迷惑じゃないんだけど…」
「けど?」
「なんか、さ、」
さて、本来俺はこの次に何と言うつもりだったのだろう。よく思い出せない。けれども、彼女に視線を落とせばそういうつもりはないんだろうけれど上目遣いで見つめ返されて、俺の理性はガラガラと音を立てて崩れていった。我ながら、なんとも情けないしちっぽけな理性である。
「眠そうだし、どっかで休む?」
「どっかって?」
「……ホテルとか?」
「とか?」
「ホテルですね」
どうやら俺の心情は酔っ払っている彼女でさえも汲み取れるほど分かりやすかったらしく、半分は誘導尋問のようになってしまった。「どうしますか?」とお伺いを立てるみたいにじっと視線を送り続ければ、彼女は上目遣いのまま答えてくれた。「いいよ」と。「いいよ」とは。どういう意味だ。俺とホテルに行ってもいいですよって意味でいいのか。そうだよな? え、マジで?
自分から誘っておきながら戸惑う俺に「やめとく?」と問いかけてくる彼女は、ホテルに行くということがどういうことなのか分かっているのだろうか。でもまあ、同意は得たわけだし。酔っ払ってるから正常な判断はできていないかもしれないが、そこはこの際無視しよう。据え膳食わぬは男の恥である。
「行く。こっち」
「ん」
「ホテルについたらすぐ寝ちゃったりしない?」
「有り得るかも」
「マジか」
「休むために行くんだからそりゃ寝ちゃうよ」
「え」
「……だから、私が寝る前に電気くんがどうにかして」
「あー……なるほど?」
何が「なるほど」なのか、自分でもサッパリ分からなかった。ただ、俺は今間違いなくなまえちゃんと二人で歓楽街の方向に向かって歩いているわけで、それは彼女も同意の上で、しかも遠回しにとは言え、“そういうことをしてもいいですよ”って雰囲気を感じ取っちゃったわけで。
ぎらぎらと輝くネオン街。どのホテルがいいかなんて知らない。彼女ができないもんだからそういうことはすっかりご無沙汰だったし、ついでに酒も入ってるから身体はいつもより熱い気がするし。
適当なホテルに入る。部屋を選ぶ。そして、扉に手をかけた俺の腕に絡みついてきたのは、彼女の細い腕。押し付けられているのは柔らかいもの。何これ。なまえちゃん、さっきよりだいぶ酔いが回ってない?
「そういうことされたらすぐ手出しちゃうよ」
「意外。電気くんヘタレっぽいのに」
これは宣戦布告というやつだろうか。何にせよ、こんな風に言われたら何もしないわけにはいかない。扉を開けて中に入る。ぱたん。扉が静かに閉まる音を聞きながら、俺は彼女の腰を抱き寄せた。もう迷わないし後戻りもしてやらない。
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