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「幸せになっちゃう?」



 付き合い始めてから暫くはちょっとぎこちなかった。お互い好き同士だってわかってるけど、わかってるからこそ恥ずかしくて踏み込めないというか、一線を超えた更にその先に進んだら、拒絶されてしまう時がくるんじゃないかと怖くなって踏み出せないというか。
 結果的にそれは杞憂に終わり、俺たちは無事に一歩を踏み出した。お互い一歩ずつ。だから二歩分の距離が埋まって、今の俺たちは随分と近い距離にいると思う。まさに順風満帆。やっとのことで恋人らしい時間を共有できるようになった。……と思っているのは俺だけだろうか。
 なまえちゃんと二人で過ごすことにはだいぶ慣れてきた。ただ、慣れてきたからといって熱が冷めることは全くなくて、むしろ逢瀬を重ねたぶんだけ温度が上がっているような気がする。この感覚も、もしかしたら俺だけのものなのかもしれないけれども。

「ごめん、待たせちゃって」
「全然。そもそもまだ待ち合わせ時間になってないし」
「でもなまえちゃん、待ってたじゃん」
「楽しみすぎて早く家を出ちゃっただけ」

 火曜日の午前十時十五分前。俺の休みに合わせてなまえちゃんが平日休みを取ってくれたお陰で、土日とは違ってそれほど人通りが多くない駅前。俺の彼女は今日も最高に可愛い。
 待ち合わせ時間は十時なのに、その十五分前に到着した俺より早く待ち合わせ場所にいたなまえちゃんの発言を聞いて、俺は思わず天を仰いだ。だって、楽しみすぎて早く家を出ちゃった、って。それだけ俺とのデートを楽しみにしてくれてたってことじゃん? わりと定期的に会ってるのに、今日俺に会うのを心待ちにしてたってことじゃん? え、そんなの可愛すぎじゃね?
 衝動的になまえちゃんを抱き締めてしまいそうになったけれど、ここは公共の場だということと自分は一応プロヒーローとしてそこそこメディアに露出しているということがブレーキとなって、ギリギリのところで踏みとどまる。その代わりに、無防備ななまえちゃんの右手に自分の左手を絡ませた。
 なまえちゃんの温度は俺の温度とすぐに混ざり合う。たぶん体温が同じぐらいだからじゃないだろうか。ベッドの上で熱くなった時でも肌がよく馴染むのは温度も関係しているのかもしれない。……って、今そういうこと考えたら色んな意味でヤバいだろ、俺。

「だから、今日泊まりに行ってもいい?」
「ぅえ!?」

 自分の煩悩が露呈したのかと思って思わず変な声が出てしまった。完全に挙動不審な俺を見て、なまえちゃんは「話聞いてた?」と少し不満そうな顔をしている。ムッとしていても可愛いけど、今はそんなことを言ったら余計に怒られると思うので「ごめん」とだけ謝っておく。

「平日なのにうちに泊まりに来るってこと?」
「うん。だめ?」
「いや、全然いいっていうかむしろ大歓迎だけど。明日の仕事大丈夫?」
「さっき言ったでしょ。明日は午後からの出勤だからゆっくりできるって」

 なまえちゃんは、月曜日から金曜日、朝から夕方まで働く一般的なOLさんだ。だから今日みたいに平日休みを取ってくれていることだって珍しいのに、午後から出勤だなんて更に珍しい。俺としては嬉しいから別にいいんだけど。

「午後から出勤とかあるんだ?」
「普通はないよ」
「へ?」
「午前休みもらった」
「今日も休んでんのに大丈夫?」
「今までほとんど有給使ってなかったからいいよって」
「そっか」
「うん」
「午前休み取ってくれたのって、俺んち泊まりに来るためだったりする?」

 なーんちゃって、と。自惚れ覚悟で言ってみたら、視界の端でなまえちゃんが小さく頷くのが見えた。
 デートは付き合い始める前から定期的にしていたし、いまだにコンスタントに会っている。時々どちらかの家で過ごす所謂おうちデートの時には、それなりにやることもやっていてご無沙汰ってわけでもない。けど、お互いの仕事の兼ね合いでお泊まりはあまりできていなかった。
 俺は翌日が仕事だろうが何だろうがいつでもお泊まりオッケーというモチベーションだけれど、女の子はお泊まりとなると色々準備があるんだろうなと思って、自分から「泊まりにおいでよ」とか「泊まりに行っていい?」と持ちかけたことはない。
 もしかしてなまえちゃんは、もう少し俺からそういうアプローチをしてほしかったのだろうか。もっと一緒にいたいよ、って。離れたくないから帰んないで、って。毎回毎回そう言いたい気持ちをグッと堪えて、できるだけカッコよく「またね」と去っていたのだけれど、それは逆効果だったのかもしれないと、なんとなく、唐突に思った。

「今日どっか行きたいとこある?」
「特にないけど……そういえば何も決めてなかったね」
「じゃあうちで映画でも観ながらゆっくりするってのはどうですか」
「今から電気くんの家に行くってこと?」
「そう。おうちデートコース」

 どきどき、ばくばく。下心があるのは見え見えだと思うけど、隠すつもりはなかった。だってなまえちゃんも、少なからず下心があるから今日うちに泊まりたいって意思表示をしてくれたはずだし。昼から(なんならまだ朝だから朝から)盛ってみっともないと思われたとしても、嫌われることはないって信じてるし。
 それでもなまえちゃんの反応を待つのは緊張した。せっかくデートのつもりで支度してきたのに、って、がっかりされたり不機嫌になられたらどうしようかと考えてしまうから。しかし俺の可愛い彼女は、いつだって俺を幸せにする言葉しか紡がないのだ。

「電気くんと一緒にいられるなら私はどこでもいいよ」

 ちょっと照れながらもにこりと笑顔を浮かべるなまえちゃんに、俺は今日も惚れ直す。抱き締めたい衝動に駆られるのは本日早くも二度目。今回もなんとか踏みとどまったけれど、たぶん次は止まれないだろう。
 じゃあ行こ、と手を引っ張って、いつもより少し早足で歩く。早く家に帰りたくて。というより、早く二人きりになりたくて。

「ね、電気くん、」
「何?」
「お昼ご飯どうする?」
「うーん……」
「あとで考えればいっか」
「うん」
「電気くん」
「うん?」
「もうちょっとで二人きりになれるね?」
「……うん」

 赤信号で止まる時間がもどかしい。握っている手には無意識に力が入っている。離したくなくて、もっと近くになまえちゃんを感じたくて。
 階段をのぼって、鍵を開けて、なまえちゃんを家に引き入れて、バタン。玄関の扉が閉まったのと同時に、俺はやっとのことでその身体を抱き締めることに成功した。

「なまえちゃん、ちゅーしたい」
「どうぞ」

 ちゃんとお伺いを立ててから唇を重ねて、離して、もう一回重ねて、離す。鼻先をくっ付けて、お互い上目遣いで見つめ合って、擽ったい時間を共有。まだ玄関先なのに、二人きりの空間に入ってから数分しか経っていないのに、俺たちの気分はびっくりするほど高まっていた。
 身体が密着しているせいで、否が応でもムラムラしてくる。なまえちゃんはわざと俺にくっ付いているのだろうか。いつもよりやけに積極的に抱きついてくる腕が心臓に悪い。

「DVD借りてくるの忘れてた」
「電気くん、それどころじゃなかったでしょ」
「昼ご飯のことも考えらんないぐらいだしね」
「私のことだけで頭がいっぱいなの?」
「そんなのいちいち訊かなくてもわかってんでしょ、なまえちゃん」

 ふふっと笑って俺の頬にキスを落とし、おうちデート楽しいね、なんて言ってくる小悪魔に、俺はまんまと落ちてしまう。楽しいなんてもんじゃない。楽しいを通り越して、頭がクラクラしている。
 とりあえず靴を脱いでそこまで長くない廊下を歩き、何の変哲もないリビングのソファに二人並んで座った。そして、お互いの顔色を窺うみたいに視線を交わらせたら、あとはほら、もうやることなんて一つしかないに決まってんじゃん?
 外で仲睦まじく手を繋いで歩くデートも、今みたいに手を繋ぐ以上のことができちゃうデートも、なまえちゃんと一緒なら俺は結局何だって幸せなのだ。


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