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「なまえちゃん、本当にうちの子と上手くやってる? 気に障るようなことされてない? 理不尽なこと言われて困ったりとか……」
「大丈夫ですよ」
「何かあったら遠慮なく言ってね」
「ありがとうございます」

 彼の実家は、自分の実家よりもあたたかい。初めて訪れた時に思ったことを改めて実感する午後三時。私の目の前には近所で美味しいと評判のお店のケーキと、良い香りを漂わせているコーヒーが置かれていた。血の繋がりなんて微塵もない、赤の他人にすぎない私を、彼のご両親はいつもこうして歓迎してくれる。非常にありがたいことだ。
 彼と真剣に交際していることや同棲を始めることを伝えるために何度か訪れ、結婚してからも定期的にお邪魔させてもらっている爆豪家。彼と交際していると伝えた時は、お義母さんに「本当に!? うちの子と!? ありがとう!」と興奮気味に手を取ってお礼を言われた。彼が女の子を家に連れて来たのは初めてだと嬉しそうな顔をしていたお義母さんの発言を聞いて、初めてなんだ……と密かに心を躍らせていたのが昨日のことのように思い出される。
 結婚のご挨拶に来た時も、それはそれは喜んでくれた。そしてやっぱり「うちの子で本当に大丈夫?」と心配そうに確認してきた後「ありがとう」とお礼を言われたんだっけ。お義父さんはあまり発言しないけれど、いつも優しく微笑みながら見守ってくれていてホッとする。本当に彼の父親なのだろうかと首を傾げてしまうほど穏やかな性格だ。

「うちの子ってほら、アレでしょ。気遣いとかそういうのとは無縁の性格だから、なまえちゃんに愛想尽かされたらもう一生誰とも結婚できなかったと思うのよ」
「オイコラ、何吹き込んどんだババア」
「相変わらず口も悪いし」
「ほっとけ!」
「そんなんじゃ本当に愛想尽かされるよ」
「ンなことあるわけねーだろが。コイツは俺に惚れてんだよ。舐めんな」

 自分の両親に対して恥ずかしげもなく、驚くほど自信満々に「自分は愛されてます宣言」をした彼は、私の隣にどかりと腰を下ろして「なァ?」と確認してくるかのような視線を寄越してきた。自惚れないで、と言い返してやりたいところだけれど、惚れていることは彼の言う通り事実なので否定できないのが悔しい。好きだから結婚したんだし。せめてもの反抗で顔を逸らしたけれど、彼にとっては痛くも痒くもないだろう。
 ご両親の優しくも生温かい視線がむず痒い。けれど、幸せだとも思う。こんなに厄介な女と大切な息子が結婚したというのに、ご両親は私に対して常に優しく明るく接し、温かく見守ってくれている。過去の自分なら想像できなかった未来がここにあることが、いまだに信じられない。

「それで? 今日は何か用があって来たんじゃないの?」
「…………なまえ」
「え? 私?」
「テメェが用意しろっつったんだろーが!」
「確かに言い出したのは私だけど勝己から渡したらいいんじゃ、」
「俺は関係ねェ!」
「関係なくはないでしょ。勝己が選んだんだから」
「うるっせえ! 違ェわ!」
「違くないよ」

 ぎゃあぎゃあ喧しい彼と私を交互に見遣って首を傾げているご両親。この様子だと今日の目的を果たせそうにないので、私はおずおずと手元に置いてあった紙袋をお義父さんに差し出した。

「あの、これ、お義父さんへのお誕生日プレゼントです」
「え!? 二人から!?」
「そうでs」
「勘違いすんな! それはコイツが勝手に用意しただけだ! 俺は関係ねェ!」

 わざわざ私の肯定の言葉を遮って言うようなことじゃないと思うんだけど。ていうかこれを選んだのは勝己なんだから関係ないなんてことは絶対にないし。……という気持ちをたっぷり込めて睨み付けたけれど、彼はソファにふんぞり返ってそっぽを向いているだけだった。まったく、自分の父親に誕生日プレゼントを用意することの何がそんなに恥ずかしいんだか。私にはさっぱり理解できない。
 そう。今日爆豪家を訪れたのはお義父さんに誕生日プレゼントを渡すため。結婚してから彼のご両親の誕生日を知り、せっかくだからお義父さんにプレゼントを用意したらどうだろうかと提案したのだ。もちろん最初は「そんなもん必要ねェ」と渋られたけれど、私が日頃の感謝の気持ちも込めて用意したいと言ったら、ぶつくさ文句を言いながらも一緒に選んでくれた。
 それに、彼は私の両親の誕生日をお祝いしてくれたという経緯がある。さすがに彼がプレゼントを選ぶことはしなかったけれど、ケーキを持って実家に顔を出してくれた。結婚する前からわかっていたことではあるけれど、彼は意外と律儀で形式的な部分を大事にする男なのだ。
 ちなみにお義母さんの誕生日の時も、ほぼ同じやりとりをした。どうして私の両親のことはきっちり祝ってくれるのに、自分の両親のお祝いをするのはこんなに渋るのか。そこらへんの心理はよくわからない。

「勝己からの誕生日プレゼントなんて何年ぶりだろうなあ……」
「だから俺からじゃねえっつっとんだろクソオヤジ!」
「ありがとうね、なまえちゃん」
「いえ。私の両親にも同じことをしてくれたので」
「勝己が?」
「はい」
「そう……成長したんだね」

 感動しているお義父さんの代わりにお義母さんが何度目になるかわからないお礼の言葉を紡いだ。そして私の発言を聞いて目を丸くしたお義父さんとお義母さんは顔を見合わせた後、彼を見て微笑む。その表情は確かに「親」の顔だった。
 彼はその眼差しが居た堪れないのか「もうガキじゃねンだぞ!」と怒鳴っている。完全に照れ隠しだ。褒めてもらえたのだから素直に喜べばいいのに。いや、彼が大人しく穏やかに応じている姿を想像したら違和感しかないけれども。

 それからまた談笑してすごし日が暮れかけてきた頃になって、私たちはようやく爆豪家を後にした。お義母さんに「夕飯もうちで食べていけばいいのに」と言ってもらえたので私は密かにお言葉に甘えてご馳走になってもいいかなと思っていたのだけれど、彼がキッパリ断ってしまったので諦めたのだ。お義母さんのご飯、美味しいのに。
 帰り道の車の中、窓の外を流れる代わり映えのしない景色を眺めながら今夜のメニューは何にしようかと考える。ケーキとコーヒーの他にも、クッキーやマドレーヌ、フィナンシェなど、話をしている最中に細々した甘いものを勧められるまま少しずつダラダラと食べてしまったせいで私はそんなにお腹がすいていない。けれども彼はコーヒーしか啜っていなかったので普通にお腹がすいているはずだからきちんとしたものを作らなければ。
 肉と魚どっちがいいかな。冷蔵庫の中、何が残ってたっけ。今から買い物に行くと帰るの遅くなっちゃうしなあ。どうしようかなあ。

「オイ」
「うん? 何?」
「晩飯」
「今考え中。肉と魚どっちがいい?」
「一緒に食いたかったんか」
「え? あー……まあご馳走になってもいいかなとは思ってたけど。なんで?」
「気まずくねえのかよ」
「何が?」
「俺の親と飯食って。ババアは姑だろ」

 彼の発言に、私は思わず目をパチパチさせてしまった。だって、まさか彼が私とお義母さんの嫁姑関係を気にしてくれているなんて夢にも思っていなかったから。そうか。そういうの、ちゃんと気にしてくれてるんだ。
 何も気にしていないようなフリをして細かいことまで気が効く彼だから、結婚してからずっと気にかけてくれていたのかもしれない。そういえば爆豪家に行く時はいつも「変な気ィ遣うなよ」と声をかけてくれていた気がする。私は私の意思でお義父さんとお義母さんに会いに行っているし誕生日プレゼントも用意しているのに、おかしなことを言うなあと思っていたけれど、なるほどそういう意味だったのかと今更のように合点がいった。

「嫁姑関係は良好なのでご心配なく」
「そりゃ良かったな」
「気遣ってくれてありがとう」
「そんなんじゃねーわ」
「勝己の方こそ、うちの親に気を遣ってくれなくていいんだからね」
「俺が誰かに気ィ遣うと思うか?」
「意外と周り見えるし常識人だから気を遣ってないとは言いきれないでしょ」
「ハッ! 俺は俺がやりたいことしかしねェ主義だ」

 そうですか、と落としたセリフには笑いが混ざっていて、運転中の彼が怪訝そうに眉根を寄せた。何がおかしいんだ、とでも思っているのだろう。
 だって、おかしいじゃない。その言い分だと、うちの実家にお中元やお歳暮を準備したか確認してきたり、年末年始やお盆の時期に帰省するために仕事の予定を調整してくれたり、そんなことも全部“やりたいこと”っていう意味になるんだもの。そんなの笑うしかない。
 彼は誰よりも傲慢で傍若無人でゴーイングマイウェイ……だと思っていた約一年前。今はもちろん、そうは思わない。これから年を重ねるごとに、私は彼のことをもっと知っていく。そして私のことも彼に知られていくのだろう。
 そうやって私たちは、家族になっていくのだ。


オー・マイ・ファミーユ!