「これまで一度もありませんでしたが、今年度に入ってからは二度目の熱愛報道ですよね?」
「お相手の女性は前回と同じ方でしょうか?」
「この記事に書いてある、クリスマスにご自宅で二人きり……というのは事実ですか?」
「以前はノーコメントということでしたが、今回もノーコメントなのでしょうか?」
うるせえ。ひたすらうるせえ。新年早々、こいつら暇人かよ。いや、逆に仕事馬鹿ばっかりなのか。どっちにしろうぜえことに変わりはないが。俺は盛大に舌打ちをした。
年が明けたばかりの一月一日。クリスマスを終えたら浮かれた連中も少しは落ち着くだろうと思っていたのだが、俺の予想に反して年末は例年に比べ忙しかった。そしてその忙しさは元日の今日も続いていて、俺は今もヴィランの制圧を終えたばかりである。
この忙しさのせいで、なまえにはクリスマス以降まったく会えていない。つまり俺はかなりイラついていた。そんな精神状態で、ヴィランを警察に引き渡し事務所に帰ろうとしたところで報道陣に囲まれて今朝ばら撒かれた新聞記事についての突撃取材をくらったら、舌打ちぐらいしたくもなる。
なまえと付き合っていることは、付き合い始めた初期の段階で事務所に報告していた。一度熱愛報道された時に「もし本当に付き合っている相手がいるなら先に報告しろ」と釘を刺されていたからだ。
なまえは一般人だし、今のところ俺たちは“まだ”結婚予定がない。その状態を加味した上で事務所側は、急いで交際について発表する必要はないだろう、と判断した。だから今日までなまえとの関係はあえて公にしていなかったのだが、クリスマスの日にコンビニから帰宅するところを撮られていたらしく、元日のめでたい今日という日にわざわざ号外で新聞をばら撒いてくれやがったのである。テレビ局も新聞社も、せめて三箇日ぐらいは休んどけや。
そんなことを思ってもどうしようもないので、ぞろぞろ付き纏ってくる報道陣にどう物申してやろうか考える。一度事務所に連絡して指示を仰ぐのが妥当か。だが、今「ノーコメント」を貫いたとしてもなまえと付き合っていることは事実なのだから、遅かれ早かれ交際していると世間に発表することになるだろう。それなら今ここで認めてしまった方が早いのではないか。
この取材はおそらく生中継。今頃なまえは以前と同様、俺に迷惑をかけてしまったとかなんとか、くだらねえことを思いながらテレビ画面を見つめているに違いない。こんなことごときで俺が迷惑だと思うわけがないというのに。
いまだに矢継ぎ早に投げかけられている質問の数々。はあ。俺は深々と息を吐くとその場に立ち止まった。そんなに教えてほしけりゃ答えてやんよ。耳の穴かっぽじってよーく聞いときやがれモブ共。
「俺に女がいちゃ悪ィかよ」
「それはつまり交際を認めたということでよろしいのでしょうか!」
「ああ」
「あの、」
「先にこれだけは言っとく。アイツんとこに取材だのなんだので押しかけんな。訊きたいことがあンなら俺んとこに来い。答えられることは全部答えてやる。その代わり、俺の女に手ェ出したら誰だろうとブッ殺す」
あれだけ騒がしかった報道陣が、嘘のように静かになった。せっかく「答えられることは全部答えてやる」と言っているのに、先ほどまでの勢いはどこにいったのだろうか。
まあいい。どうせ今ここで全ての質問に答える気はなかったし、さっさと帰らせてもらうことにしよう。ああ、待てよ。帰る前にもう一つ言っておくことがあった。
「テメェら、どうせ放送すんなら事実だけ伝えろ。適当な憶測でデマ流すんじゃねーぞ」
「あ、あの!」
「質問ならまとめて事務所に送っとけ。そのうち返す」
「ひとつだけ! お相手の女性とは真剣交際ということでよろしいんですよね?」
「当たり前だわ」
即答した俺に再び報道陣がざわつき始める。それを尻目に、俺は事務所に向かって歩き出した。事務所に帰ったら何かしらのお咎めを食らうかもしれないが、後悔はしていない。
その日の夕方の報道番組は「大・爆・殺・神ダイナマイト、遂に恋の導火線に火がついた!」というクソみてぇな煽り文句とともに、俺への突撃取材の映像が流れまくっていた。まあそうなるだろうなと思っていたから驚きはしないが、元日の夕方にこぞって報道するほどのもんじゃねえだろとも思う。
幸いにも事務所からは思っていたほどギャーギャー言われずに済んだし、今日はもう帰って良いと言われた。となれば、俺が取る行動は決まっている。慣れた動作でスマホの画面をタップ。俺から電話をかける相手なんて、数えるほどしかいない。
「もしもし!」
ワンコール目を聞き終わる前に電話に出たなまえの声は、少し切羽詰まっていた。きっと朝の報道を見てからずっと、俺に電話をかけても良いかどうか迷っていたのだろう。スマホを握り締めているなまえの姿が容易に想像できる。
「ごめ」
「謝ったら殺す」
「……殺すって言い方はよくないと思う」
「そっちに誰も行ってねえだろうな?」
「うん。ごめ……ありがとう」
「ん」
「勝己の方は? 事務所に何か言われたよね?」
「別に」
「別にって……」
俺と会話をしているうちに、なまえの声がいつものトーンに戻っていく。まともに電話もできない毎日が続いていたせいで、声を聞いただけで自分のイライラが軽減していくのがわかる。しかし、まだ足りない。
「ンなことより今どこだ」
「え? 家だけど」
「わかった」
「もしかして勝己、」
「迎えに行く」
「駄目でしょ! 今日報道されたばっかりで絶対にまだ張り付かれてるってば」
「だから?」
「だから……また報道されちゃうじゃない」
「それがどうした」
なまえはしきりに報道されることを気にしているが、俺からしてみればどうでもいいことだった。既に付き合っていると宣言したのだ。浮気なら大問題だが、自分の女と会って咎められることはないだろう。
ただでさえ一週間会えていないことに苛立ちが募っている俺は、いまだに「でも……」ともごもご言っているなまえに痺れを切らした。
「ごちゃごちゃうるせンだよ! お前は俺に会いたくねェんか!」
「それはもちろん会いたいけど……」
「なら来い。十分後に家の前。いいな?」
「……わかった」
なまえの返事を聞くやいなや、俺は電話を切ってタクシーに飛び乗った。運転手に行き先を告げ「急ぎで」と付け加える。運転手は俺の顔を見て何か言いたげだったが「わかりました」としか言わなかった。
急ぎで、と伝えたからなのか、俺の顔を見て急がなければヤバいと追い詰められていたからなのか。タクシーは快調に走り、七分で目的地に到着した。
まだ指定した時間より三分も早かったがなまえはきちんと家の前で待っていて、タクシーの扉が開くなり素早く乗り込んでくる。できるだけ誰にも見られないように、という配慮からそういう行動に出たのだろうが、何度も言うように俺たちがコソコソ会う必要は微塵もない。
「隠れようとすんな」
「だって……」
「俺の女だって知られんのがそんなに嫌かよ」
「その逆」
「逆?」
「大・爆・殺・神ダイナマイトの彼女がこの程度かよって思われるのが嫌なの」
「ンなこと言うヤツがいたらそれこそブッ殺すしかねえな」
「だから、ヒーローとして殺すって単語は口にしない方がいいって言ったでしょ」
「知るか」
一週間ぶりに会ったなまえは相変わらず口達者だった。初対面の時から、この女は変わらない。まあそれが気に入っているのだが。
タクシーの運転手が先ほどからルームミラー越しにチラチラ後部座席の俺となまえを見てくるのが気になるが、俺の家までは我慢するしかない。もう少し速く走れないのだろうか。いっそのことタクシーなんか使わずに俺がなまえを抱えて家まで飛べば良かったとも思ったが、さすがに事務所にドヤされる可能性が高いのでこの選択は間違っていなかったと思うことにする。
「そういえば、明けましておめでとう」
「今更かよ」
「言ってなかったもん」
「正月って感じしねえけどな」
「忙しかったもんね」
「そっちは」
「年末年始の休み中だから暇だった。お陰でちょっと太ったと思う」
「後で確かめてやる」
「そういうことここで言うのどうかと思うよ」
呆れたように言っているくせに「最低だ」とか「嫌だ」とか、俺を完全に拒絶するような単語を使わないあたり、なまえの甘さが窺える。
明日の朝、このタクシーでのやり取りが全国区で放送されるかもしれない。俺の家の前に記者が張り込んでいたら、二日連続で何かしらの報道をされるだろう。とりあえずなまえの顔さえ隠してくれるならどうでも良いが、家に入るのを少しでも邪魔してきたら「ブッ殺す」。