×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

I

xの逢瀬

※高校卒業後プロヒーローになってからの話


 爆豪勝己という男は、たぶんヒーローになるために生まれてきたのだと思う。高校時代から、否、それよりもっともっと前から、私は彼がヒーローに向いていると思っていたけれど、実際にプロヒーローになった彼を見て再確認する。やっぱり彼はヒーロー以外にはなれない男なのだと。

 季節は秋。早いもので、私たちが高校を卒業してから一年と七ヶ月が経過していた。今年で二十歳を迎える私たちは、あの頃と変わらない関係を続けている。それが良いことなのか悪いことなのかはわからないけれど、少なくとも恋人という関係が終わっていないという点においては「良いこと」と判断して良いのではないだろうか。
 私は雄英高校を卒業後、プロヒーローのサポートアイテムや衣装を開発・販売する地元の大手企業に就職した。お陰様で、忙しいながらも充実した毎日を送っている。
 そして彼は当然、卒業後プロヒーローとなった。雄英高校での経験や学びを生かし……ているのかは不明だけれど、彼なりの方法で昔と変わらず「ナンバーワン」を目指して日々奮闘していることは間違いない。
 そんなわけで、今日は本当に久々のデートだった。忙しい彼と、彼とはまた違うベクトルで忙しい私が休日を合わせるのは至難の業。だから今日のデートは、実に三ヶ月ぶりである。彼の方はどうか知らないけれど、私はすごく楽しみにしていた。
 いつもよりちょっと気合いを入れて化粧を施し、ひらりと風に踊るようなスカートを履いて、女性らしいパンプスに足を滑り込ませる。ついでに最近流行っているといういただきものの香水をふりかければ、自分がほんの少しだけイイ女になれたような気がした。恐らく彼は、そんなことに気付きもしないか、気付いたとしても褒めてくれやしないだろうけれど。

 外出、それもデートとなれば、女性の身支度に時間がかかるのは当然のことである。私も例外ではなく、かなり早めに出かける準備に取りかかったというのに、待ち合わせ時間ギリギリの到着となってしまった。
 きっと第一声「遅ェ!」って言われるだろうな。そうしたら素直に「少しでも勝己に可愛いって思ってもらえるように頑張ってたんだもん」って言い返してやろう。彼は顔を顰めて文句を言いながらも、本気で怒ることなくデートに繰り出してくれるに違いない。
 そこまでシミュレーションを終え、少し息を弾ませて待ち合わせ場所に到着した私は、レンガ造りの花壇の隅っこにどかりと腰かけて待っている彼を見つけた。まあ、なんというか、一言で言うなら非常に柄が悪そう。相変わらず、ヒーローよりヴィランが板につく雰囲気を醸し出している男である。
 私は「お待たせ」と言いながら、彼に駆け寄った。慣れないパンプスを履いているから、転ばないよう細心の注意を払って。

「……行くぞ」
「えっ」
「なんだよ」
「遅ェ! って言わないんだなと思って」
「遅れたわけでもねえのに言わねーわ」
「なに、どうしたの、ちょっと性格丸くなった?」
「なってねえ!!!」
「そんなに全否定しなくてもいいのに」

 私の予想に反して、彼は私を一瞥するなり立ち上がってデートへ繰り出そうとした。それがすごく意外で、けれどもよく考えてみれば、彼は歳を重ねるごとに穏やかになっていっている気がするから、そんなに意外でもないのかもしれない、とも思う。
 性格が丸くなった、というのは褒め言葉のつもりで言ったのに、彼にとっては貶し言葉に聞こえたらしい。どかどかと歩き出した後姿には、やや不機嫌オーラが纏わり付いている。

 そんな始まりだったけれど、その後のデートは実に穏やかだった。前々から観たいと思っていたアクション映画を観て、お昼ご飯をすませ、ウィンドウショッピングに付き合ってもらう。ごく普通の、ありふれたデートだ。
 何度も言うように、彼はプロヒーロー。最近メディアで取り上げられる機会が増えてきたこともあり、私と白昼堂々デートなんてしても良いのだろうかと、実は少し不安に思っていた。けれど、入ったお店の店員さんやお客さん、擦れ違う通行人は「あれって……」と彼の存在に気付きながらも、大きく騒ぎ立てることはしなかったから助かった。

「あ、そうだ、リップなくなりそうだから買おうと思ってたんだ」

 別に一人で買いに行っても良いものなのだけれど、ウィンドウショッピングの最中に買い忘れていることを思い出したものだから、ついでに買うことにする。彼はどうでも良さそうな顔をしながらも、なんだかんだで店まで付いて来るから面白い。
 いつも通り可愛げのない薬用リップでも良いのだけれど、今日は折角のデートで気分が良い。だから、たまにはほんのり色が付いたオシャレなリップでも買おうかな、なんて考えを抱いたのだと思う。
 さて、どれにしようかな。そんな軽い気持ちで陳列棚へと視線を向けた私は、その色の多さに驚いた。赤、ピンク、オレンジ、ボルドー、ローズ、その他にも様々な色が並んでいる。普段は何も考えず可愛げのない安物のリップを買っているから、自分にどの色が似合うかなんてわからない。
 うーん、と悩んでいると、斜め後ろから視線を感じた。他のお客さん……ではなく、彼からの強めの圧力を感じる視線である。

「何迷っとんだ。いつもと同じの買えばいーだろが」
「今回はちょっと可愛いやつを買いたい気分なの!」
「どんな気分だよ」

 上手く説明できない私は、彼の言葉を無視して真剣にリップと向き合うことにした。
アプリコットとか可愛いな。そんなに濃く色が付くわけじゃないだろうしこれにしよっかな。でもピンクとかの方が無難? 赤は濃いイメージだしベージュだと色味が薄そうだよなあ。ピンクにも色んな種類があるしよくわかんないや。どうしよう。
 真剣に悩めば悩むほど選びきれなくなってきて、それでも頭を悩ませてどうにか二種類まで絞ることができた。けれど、その二種類はどちらも色味が好きだから、最後の最後になかなか決められない。
 ちらり。背後に視線を向ければ、もはや諦めたのか、そっぽを向きながら静かに買い物を待っている彼。「そんなんどっちでも変わんねえわ!」と言われるのがオチだろうけれど、私は思い切って彼に意見を求めてみることにした。

「ねえ勝己」
「あ? やっと決まったかよ」
「こっちとこっち、どっちの色が良いと思う?」
「右」
「えっ」
「文句あんなら訊いてくんなや!」
「いや、そうじゃなくて、」

 どっちでも良い、もしくは、どうでも良い、と返事されるとばかり思っていたから驚きの声を漏らしてしまっただけで、文句はない。それどころか、彼のお陰でどちらを買うか決意を固めることができたから、お礼を言わなければならないぐらいだ。

「即答だったね」
「ったりめーだわ。てめえに合う色で俺が迷うわけねえだろが」
「へ?」
「……つーか迷うぐらいならどっちも買っとけや! オラ、かせ!」
「えっ、ちょ、え?」

 それじゃあ私が悩んでた意味ないんだけど。いや、それよりも先に、私に似合う色で迷うわけないとかなんとか聞こえたような気がするんだけど、聞き間違いじゃないよね?
 それを問いただす前に、彼は私の手から二種類のリップを引ったくって足早にレジまで行き会計を済ませていた。確かに彼の言う通り、そんなに高価なものじゃないから悩むぐらいなら二つ買う方が手っ取り早かったとは思うけれど、だったらどちらが似合うかとか答える必要もなかったのでは……なんて深く考え始めたら、彼の奇怪な言動が面白くて、嬉しくて、小さなレジ袋を持って近付いてくる彼に向かって満面の笑みを浮かべてしまう。

「だらしねー顔すんな!」
「ふふ、リップありがと。大切に使うね」
「こんなもんいくらでも買ったるわ」
「そういう問題じゃないの」

 彼の罵倒の言葉は華麗にスルーして、安っぽいレジ袋を受け取る。高価なアクセサリーでも、世界にたった一つしかない貴重なシロモノでもない。安価な量産品のリップだけれど、それでも、彼が選んで買ってくれたものだと思ったらこんなにも嬉しくて心が弾む。
 たぶん彼には私が馬鹿みたいにウキウキしている理由は一生理解できないだろうけれど、それでも良いのだ。私が勝手に彼からの好意を感じ取って喜んでいるだけだから。

「次の休みの日は服でも買いに行こっか」
「はあ?」
「勝己に選んでもらおうかなと思って」
「自分で選べや!」
「だって勝己なら、私に似合うもの、すぐわかるんでしょ?」
「知るか!!!」

 私を置き去りにして歩いて行ったくせに、少し距離があいたら立ち止まってくれる彼は、自分が私に甘いという自覚がないのだと思うし、指摘をしても認めないだろう。そういう妙に意地っ張りで頑固なところ、昔から変わらないなあ。
 のんびり追いかけていると「早よ歩け!」と催促されたけれど、彼は相変わらず立ち止まったまま待ってくれているから、私はそれを優しさだと解釈して、また勝手にほくそ笑む。その嬉しさをぶつけるみたいに、私は思い切って彼の手に自分のそれを絡めた。