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「#溺愛」のBL小説を読む
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I

Oの思案

 爆豪くんと私は同じクラスだけれど、実はそんなにきちんと話したことはなかった。怖いという印象は入学当初より薄らいだし、誰かと一緒なら普通に話す機会もあるけれど、それだけ、という感じだ。私の中で、彼は少し萎縮してしまう対象なのかもしれない。
 ただ、体育祭のトーナメント戦で本気で戦ってくれた時は、私を対等に見てくれているのかもしれないと思って嬉しかったし、真っ直ぐで裏表のない性格というのはある意味ヒーローに向いているんじゃないかと思った。だからこそ、口調や雰囲気をもう少し柔らかくしたら良いのに…とお節介なことを考えたこともあるけれど、この数ヶ月で「あれが爆豪くんだからいっか」と思うようになっていた。
 最近ではなんだかんだで文化祭の練習にも積極的に参加してくれている爆豪くんだけれど、私はデクくんがぼそっと口にしたことを聞いてからというもの、爆豪くんの様子が気になって仕方がない。決して変な意味ではなくて、デクくんの言っていたことが本当か確かめたくて、なんとなく観察してしまっているのだ。

「かっちゃん、元気ないね」
「え? 私にはいつもと変わらんように見えるけど…」
「僕の気のせいかな。なまえちゃんが最近遊びに来てないから、そんな風に見えるだけかも」
「そういえば確かに…」

 なまえちゃんはサポート科の同級生で、噂によるとあの爆豪くんとお付き合いをしているらしい。幼馴染だということは聞いていたけれど、いつの間にそんな関係になったのか、そのキッカケが、女子勢はすごく気になっていたりする。
 A組の女子達だけで話をしている時、勝手に爆豪くんとなまえちゃんの話題を出すことがあるのだけれど、どちらからも詳しい話を聞くことができていないものだから、随分と前からなまえちゃんを交えて女子会をしようという計画を立てているぐらいだ。女の子は恋愛話が好きだし、何より、あの爆豪くんがなまえちゃんとどんな時間を過ごしているのか興味があったのだ。
 しかし、インターンでバタついたり文化祭の練習が始まったことで、その計画は頓挫していた。なまえちゃんもサポート科の展示品の作成に忙しいのかもしれない。デクくんの言う通り、最近は全くA組の寮に遊びに来なくなっている。

「爆豪くん、元気ないように見える?」
「いや…ウチには分かんない…イライラしてるのはいつものことだし」
「彼女に会えないからって寂しがるような性格でもなさそうだよねー!」
「そもそも付き合ってるっていうのは本当なのかしら」
「瀬呂達は惚気られたって言ってたよ」
「まあ。あの爆豪さんが…」

 文化祭が差し迫ってきたとある土曜日の夜。私の部屋に集まって開かれている女子会での話題は、またもや勝手に爆豪くんとなまえちゃんのことだった。
 爆豪くんはただでさえ自分のことに干渉されたくないタチだろうから、恋愛事となると余計に他人に首を突っ込まれるのは嫌がるだろう。だから、いくら二人の様子が気になるからといって、男子達がいるところでこういう話を堂々とすることはできない。
 みんなは最近なまえちゃんが遊びに来ていないことに気付いていて、私と同様に爆豪くんの様子をこっそり窺っていたようだけれど、やっぱりその変化は分からなかったらしい。そう考えると、デクくんの観察眼は凄いなあと純粋に感心させられた。

 なまえちゃんとは、寮に遊びに来てくれるようになってから何度か話したことがあるけれど、よく笑うし可愛いし話しやすいし、爆豪くんが好きになるのも無理はないよなあと思った。
 できたらなまえちゃんに訊いてみたい。いつから爆豪くんのことが好きなのか。爆豪くんのどこを好きになったのか。どうやって気持ちを通わせたのか。答えてくれるかどうかは分からないけれど、照れながら笑うなまえちゃんの顔は容易に想像できてしまって、女の子である私でもきゅんとしてしまった。
 文化祭当日は一緒に回ったりするんだろうか。付き合っているならそういうことをするのは普通なのかなあ。でも、爆豪くんはそういうのあんまり好きそうじゃないなあ。
 他人の恋愛事情についてここまで考えたことはないかもしれない。だから翌週の火曜日の昼休憩、偶然にも食堂でなまえちゃんと出くわした時には、少し大袈裟に反応してしまった。なまえちゃんはきちんと私のことを覚えていてくれたようで、相変わらずの笑顔を傾けてくれる。

「久し振り」
「久し振り。最近遊びに来てないけど、文化祭の準備で忙しいん?」
「うーん…まあ、ね」

 なんとなく歯切れが悪いなあとは思ったけれど、深く追求されたくなさそうな感じだったので、私は「そっかあ」という当たり障りのない返事だけをしておいた。そこで会話は終了。お互いトレーにのったお昼ご飯を持っているから「じゃあまたね」と別れるつもりだった。
 しかし、私がその言葉を発するより先に背後から「おい」というドスの効いた声が聞こえてきたことによって、当初予定していた行動は取れなくなる。私でもすぐに気付いた。その声がいつもより刺々しいことに。
 その声の主は私に声をかけてきたわけではない。私の目の前にいるなまえちゃんを呼び止めたのだ。そう分かっていても身体が萎縮してしまう程度には、機嫌の悪さが窺える。爆豪くんはどうやら、何かにイライラしているようだ。

「テメェどういうつもりだ?」
「何が?」
「あれっきり連絡のひとつも寄越さねェでどういうつもりだっつっとんだ!」
「私だって忙しかったんだもん。色々」
「色々?」
「そう、色々」

 そこで妙な沈黙が生まれたのはなぜだろう。二人にしか分からない何かがそうさせているのだろうけれど、私には察することができない。
 今の間にそっとその場を離れることもできたはずなのに私はなぜか動けなくて、はらはらと会話の行く末を見守る。だってこんな二人を見るのは初めてだ。爆豪くんはいつもなまえちゃんに柔らかく接していて、それが当たり前の光景だと思っていたけれど、そうでもないらしい。

「かっちゃんこそ、何の音沙汰もなかったくせに」
「あ? そんなんいつものことだろうが」
「……そうだね。ごめん。今の忘れて」
「はァ? おい、なまえ!」

 まるで逃げるように私達に背を向けて行ってしまったなまえちゃんの名前を呼ぶ爆豪くんの声は、今まで聞いたことのないような焦りを感じさせた。「丸顔そこどけ!」と押し退けられたのも、焦りの表れだと思う。
 爆豪くんはそのままなまえちゃんを追いかけて行ってしまって、私はまたざわざわとした食堂内に取り残される。そうだ、みんなが待ってるんだった。早く席に戻らないと。
 漸く我に返った私は、デクくんや飯田くん達が待つ席に戻ろうと踵を返したところで、見慣れた緑頭に出くわした。

「デクくん!」
「麗日さん! 遅いから場所が分からなくなっちゃったのかと思って探しに来たんだけど…」
「ごめんごめん。今なまえちゃんに会ってちょっとだけ話してて、そこに爆豪くんが来たんやけど…二人は喧嘩しとるんかなあ」

 席に向かいながら先ほど見た出来事を大まかに説明すると、デクくんは間髪入れずに「大丈夫だよ」と言った。あの二人を昔からよく知っているデクくんだからこそ分かることがあるのかもしれない。そんな関係を、ちょっと羨ましく思う。

「何かあったのかもしれないけど、あの二人の関係はそう簡単に壊れるものじゃないと思うから」
「そっか…デクくんがそう言うなら安心やね!」
「あっ、いや、あくまでも僕の勝手な見解だから何とも言えないんだけど!」

 慌ててそう言うデクくんに、私は何も言わなかった。デクくんは人のことをよく見ている。だからきっとその見解は間違っていないと思う。
 私はデクくんと違ってあの二人の幼馴染ではないし、仲が良いとも言えない関係だ。それでも、なんとなく、デクくんの言っていることは間違いじゃないと言いきれる。それだけの雰囲気が、あの二人からは感じられたから。

「いいなあ」
「何が?」
「え! ううん! 何でもない!」

 思わず漏れてしまった感想は、デクくんの前で吐き出すべきではなかったと大慌てで掻き消す。デクくんと爆豪くんとなまえちゃん。爆豪くんとなまえちゃんの二人を応援したいのは、私の邪な気持ちも関係しているのかもしれない。