×
「#オメガバース」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

I

Rの愉悦

 爆豪の様子がおかしい。いや、おかしいと言うと少し語弊があるのだが、どうも雰囲気が違う。…ような気がする。具体的に何がどう違うのか説明するのは難しいが、兎に角、謹慎が解けたから生き生きしている、というだけではなさそうなのだ。
 俺と切島と上鳴と、たぶん緑谷は気付いている。爆豪の変化に。そして皆、その変化の理由は知らないはずだが、何となく察知していた。あの幼馴染のみょうじさんが絡んでいるに違いない、と。

「爆豪、昨日なんかあった?」
「あ? なんで」
「いやだって…みんなも絶対気になってるっしょ?」
「まあ…上鳴の気持ちは分かる」
「今日機嫌良さそうだもんな!」

 切島の言葉選びには棘がなく、非常に的を得ていた。機嫌が良さそう。うん、そんな感じ。いつもより心なしかイライラツンツンしたオーラが薄まっているというか、絶対にそんなことはしないと思うが、誰も見ていないところでなら笑顔を零しそうというか。
 緑谷は、自分が入ったらややこしくなることが分かっているのだろう。話にこそ入ってこないが、前の席でそわそわと聞き耳を立てているのが何となく分かる。
 普段の爆豪なら、先ほどの「何かあった?」という上鳴の問い掛けには「何もねェわ」と吐き捨てて終わるのだが、今日は違った。「別に」とボソボソ呟いただけで、いつもの勢いがない。なんだ。なんなんだ。こんな爆豪見たことねぇんだけど。

「別に俺達に言うほどのことじゃねーけど何かありました、的な?」
「うるせえアホ面。黙っとけ」
「俺、みんなの思ってることを代弁してるだけなんですけど!?」

 上鳴はいつも通り一蹴されているが、その口調ですらもやや穏やかな気がするからいよいよおかしい。これはもしかして、もしかするのかもしれない。
 寮の共同スペースで仲睦まじく談笑している様子を散々見せつけられた俺達からしてみれば「やっとかよ」と言いたくなるような展開が、漸く訪れたのではないだろうか。その答えが知りたくて、俺は爆豪に核心を突く質問を投げかけた。

「みょうじさんと、何かあった?」

 上鳴が「よくぞ訊いてくれた!」と言わんばかりの輝いた目を向けてくるのが分かった。切島も上鳴ほどではないが賞賛の眼差しを送ってくれているから、俺の質問は間違いではなかったらしい。
 爆豪は六つの眼に見つめられてさすがに居心地が悪くなったのか、視線をふいっと明後日の方向に逸らして「ほっとけ」と言葉を濁した。いやいや、ほっとけないから訊いてんだってば。気になるじゃん。なんとなく想像できてるけど、確証がほしいじゃん。
 もう一押ししてみるか。そう思って、爆豪が大人しいのをいいことに更に畳みかけようとした時だった。思わぬ人物が爆豪に声をかけたことで、俺は口を噤まざるを得なくなった。

「爆豪」
「ンだよ」
「呼ばれてるぞ」
「はァ? 誰に…、」
「みょうじに」

 轟が答えるより早く、爆豪は出入り口付近に視線をやってみょうじさんの存在に気付いたようで、素早く立ち上がると大股でそちらに向かって歩いて行ってしまった。折角問い質すチャンスだったのに、と思わないこともないが、みょうじさんの呼び出しなら仕方がない。
 昼休憩は残り十分を切ったところ。そんなに話す時間もないというのに、一体何をしに来たのだろう。爆豪に急ぎの用事でもあるのだろうか。それとも、単純に会いたいから来ただけ、とか。その可能性も十分あり得る。
 教室の出入り口から遠いこの場所では、二人が何を話しているのか全く聞こえない。爆豪はこちらに背を向けているから、表情すら見えなかった。
 しかし、みょうじさんの表情なら少しだけ見える。元々、明るい性格でよく笑う子だなあという印象はあったけれど、チラチラ見えるその顔は今までの比じゃないほど幸せそうに綻んでいて、それだけで二人に何があったのか分かったも同然だった。

「爆豪、みょうじさんと付き合い始めたんじゃねぇか?」
「切島もそう思う?」
「俺もさっきからずっとそう思ってた!」
「かっちゃんもなまえちゃんも幸せそうだもんね」

 何食わぬ顔で俺達の会話に入ってきた緑谷は、いまだに教室の扉のところで話をしている二人を眩しそうに眺めている。幼馴染なのだから、俺達なんかよりもずっと感慨深いだろう。泣きそう、とまでは言わないが、その目は子を見守る母のようで、爆豪が見たら複雑な心境に陥りそうだなと思った。
 それから数分が経過し、予鈴が鳴るほんの少し前、爆豪はみょうじさんとの話を終えたらしく席に戻ってきた。ちなみに緑谷は既にきちんと前を向いており「僕は何も見ていません」という空気を醸し出している。別に、今日ならそんなにキレられたりしなさそうだけど。
 どかりと席に座った爆豪に、俺達三人は再び視線を送り続けた。みょうじさんと何話してたの? ていうか付き合い始めたの? 何があったんだよ。そんな心の声は、きっと爆豪に届いている。その証拠に、俺達は何も言っていないというのに「うるせえんだよ!」と怒鳴ってきた。

「爆豪おめでとう!」
「付き合い始めたんだよな? みょうじさんと」
「羨ましいな〜!」
「…テメェらには関係ねえだろうが」

 肯定はしない。が、否定もしない。それはつまり、そういう意味だと思っていいのだろう。分かりにくい。分かりにくすぎる。が、爆豪らしいっちゃ爆豪らしい。
 相変わらず居心地悪そうに俺達から視線を逸らしてはいるが、機嫌が悪いというわけではなさそうだった。猛獣みたいな爆豪も、結局は普通の高校生男子だったということだろうか。そう考えると微笑ましい。

「みょうじさん、何だって?」
「放課後、開発工房に来いだとよ」
「なんで?」
「試作品があるらしい」
「爆豪用の?」
「他の奴の試作品のために俺が行くわけねえだろ」

 それは確かにその通りだが、サポート科の生徒だからといって自発的にサポートアイテムを開発する人間はそう多くないと思う。俺が知る限り、みょうじさん以外だと体育祭で活躍していた発目さんぐらいだ。
 爆豪のためのサポートアイテム。きっと随分と前から開発していたんだろう。俺も少しお世話になったが、アイテムはすぐに完成品ができるわけではない。何度も何度も失敗を繰り返しながら、漸く爆豪に見せられるだけのものが出来上がったのだと思う。
 しかもこの様子だと、爆豪が「こういうのを作ってほしい」と頼んだわけじゃなさそうだから、みょうじさんは爆豪の戦闘スタイルを頭の中で思い描きながら完全にオリジナルで作ったに違いない。なんとも涙ぐましい努力ではないか。

「爆豪、愛されてんなあ」

 ぽろり。俺の口から勝手に飛び出してしまった一言。心の声が漏れてしまうというのはこういうことを言うのだろう。
 爆豪のことだから「何ふざけたこと言ってんだ」とか先ほど同様「ほっとけ」とか「黙れ」とか、照れ隠しでも何でも、とりあえず罵声を浴びせてくるだろうなあ。そう思って身構えていたのだが、爆豪は全く予想だにしない言葉をぶちかました。

「精々羨ましがっとけや」

 たっぷり悪人面の笑顔を見せて投げつけられた一言は、「自分は愛されている」ということを肯定するもので、俺を含む三人は茶化すことも忘れて呆気に取られた。
 あの爆豪が。戦闘訓練で勝利を収めても、レース形式の授業において一位になっても、オールマイトに褒められても、常に気難しい顔をしている爆豪が。今日は間違いなく浮かれている。しかも恋愛に関することで。まさかこんな日が来るなんて、誰が予想できただろうか。
 ポカンと呆気にとられたままの俺達をよそに、予鈴が鳴る。席に着かねばならないことは分かっているがなかなか身体が動かなかった。
 これは今日以降、みょうじさんが寮に遊びに来た時にゆっくり話を聞かせてもらわなければならない。砂藤でも「もういらねぇよ」と根を上げるほどの甘い話が聞けるチャンスなんて、滅多にないのだから。