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 五条悟は、一般人からしてみれば、ただの得体の知れない長身男らしい。

「誰にそんなこと言われたの?」
「うーんと、一般人の女の子?」
「面と向かって直接?」
「いや、それはさすがに違う。聞こえちゃったんだよね」
「へぇ」
「心底興味なさそうに反応するのやめてよ。傷付くから」
「そっちこそ白々しい嘘吐くのやめてよ。気持ち悪いから」
「今日もなまえはキレッキレだね!」

 私の前で生クリームがたっぷりのったパンケーキという、女子高生がきゃあきゃあ言いながら写真を撮りそうな砂糖の塊を頬張りながら、得体の知れない長身男・五条悟は愉快そうに笑った。ちなみに私は女子高生ではないし、たとえ女子高生だったとしても甘いものがそれほど好きではないので、きゃあきゃあ言いながら写真を撮ったりはしない。
 私と彼は高専時代からの付き合いになるのだけれど、こういう姿を見ると随分変わったなあと思う。まあ色々、それこそ本当に色々あったから変わらざるを得なかったのかもしれないし、根本的な部分は何も変わっていないと思うのだけれど。

 さて、冒頭の話に戻ろう。私も長年呪術師として仕事をしているから、一般人の感覚が麻痺していた。けれども冷静に考えてみれば、目隠しをして全身黒づくめの姿で街をうろうろしていたら、そりゃあ確かに得体の知れない長身男だと認識されてしまっても無理はないかもしれないと、今更になって納得する。
 例えばその目隠しを取ってうろついていたら、一般人からの評価は全く違っていただろう。腹が立つことに、彼の見た目はどうやったってイケメンというジャンルに分類されてしまうから。

「最近彼女ほしいなって思ってるんだけどさあ、やっぱり職業柄なかなか難しいんだよね」
「職業云々の話は置いといて、その目隠し取れば彼女なんてすぐにできると思うよ」
「え? 何? 僕がイケメンだって? やだなあ照れちゃう」
「私帰っていい?」

 お洒落な猫脚の椅子から立ち上がって本気で帰ろうとしたら「まだ本題に入ってないから待って」と引き止められた。「巷で話題のパンケーキを食べに行きたいんだけど僕一人で行くのはさすがにまずい雰囲気のお店だから付き合ってよ」と頼まれ、私が任された一級呪霊一体を代わりに祓いに行くという条件付きでここまで来たのだけれど、一体ではなく二体か三体ぐらい押し付ければ良かったと思いつつ、私は渋々席に座り直す。
 確かに、店内は男一人で入るにはハードルが高すぎる装飾が施されていて、所謂デートで使うには持ってこいの雰囲気が漂っていた。実際、客層は若い女性を中心にカップルの姿も多く見受けられる。私たちも周りからはそのうちの一組に見えているのかもしれないと思うと、非常に複雑だ。

「じゃあ本題って何?」
「まあそんなに焦るなよ。一口あげようか?」
「いらない」
「思ってるほど甘くないよ」
「悟の味覚と一緒にしないで」
「なまえには糖分が足りないんだよ。色んな意味で」

 ぱくり、ぱくり。面白いほどスムーズに口の中に消えていくパンケーキを眺めながら、私は冷めつつあるコーヒーを啜った。わざとらしく含みを持たせた言い方をするのが、彼の面倒臭いところだ。
 一から十まで相手にしていたらキリがないので「色んな意味でってどういうこと?」などといちいち問いかけたりはしない。そんなことより本題に入ってほしい。なんせ呪術師は人手不足。私は暇じゃないのだ。

「呑気にお茶してる場合じゃないでしょ」
「今急ぎの案件はないけど」
「私が頼んだ呪霊は?」
「そんなのここに来る前に祓っちゃったよ」

 彼は、そこらへんのコンビニでサクッと支払いを済ませてきました、みたいなノリで言っているけれど、私が頼んだのは特級になる一歩手前の一級呪霊の案件だ。並の呪術師なら、そんな案件を済ませた後にパンケーキを食べる元気はないと思う。これだからこの男は、いちいち規格外すぎて腹が立つのだ。

「それでさ、彼女がほしいって話に戻るんだけど」
「本題は?」
「だからここからが本題」
「はあ」
「なまえ、僕の彼女にならない?」
「ぶふっ」

 私は思わず飲みかけのコーヒーを噴き出してしまった。だってまさか、彼が私にそんな提案を持ちかけてくるなんて夢にも思っていなかったから。

「本気で噴き出す人初めて見た」
「誰のせいだと思ってんの!」
「え? もしかして僕?」
「服汚れたし……」
「新しいの買ってあげるよ。いくらでも」
「これ高専から支給されたやつだから」
「うん、知ってる」

 服が汚れたことなんて、実際はどうでもいいのだ。高専から支給された黒い布切れに未練なんてない。ただ私は話を逸らしたかった。彼と色恋の話をするのは、なんとなく気まずくて。
 彼もそのことには気付いているのだろう。だからこそ、話を逸らさせてはくれない。

「で、返事は?」
「普通に考えて無理でしょ」
「じゃあ普通に考えなかったら?」
「屁理屈か」
「それだけ本気なんだよ」
「彼女とか、そういうのは悟のこと好きな女の子じゃないと」
「お前は?」
「は」
「なまえは僕のことが好きな女の子じゃないの?」

 何を言い出すんだこの得体の知れない男は。今までずーっと同級生として、同僚として上手く……かどうかは微妙なところだけれど、それなりにやってきたではないか。それを突然覆そうだなんて、またタチの悪い思い付きとしか考えられない。冗談にしては悪質だ。
 むっとした表情で睨み付けても彼の瞳は見えないから、どこをどんな風に見ているのか窺い知ることはできない。私ばかりが、ただ居た堪れない気持ちを募らせていく。

「無理して彼女つくる必要ないでしょ」
「それはこの話を切り出すための口実で、彼女ほしいっていうかなまえを彼女にしたいだけっていうか、そろそろ本気で落とそうと思って本腰入れました、みたいな?」
「だいぶ意味わかんないんだけど」
「そんなに鈍くないことぐらい知ってるよ」

 食えない男だ。全部お見通し、みたいなことを言ってのけて、涼しい顔をして自分の書いたシナリオ通りに事を進めようとしている。そんな策略になどのってやるものか。
 高専時代から少しずつ降り積もらせてきた想いは、我ながら上手に仕舞い込むことができていると思う。私は現状を壊すつもりはない。これから先ずっと。たとえ全てを彼に悟られていようとも。
 苦いばかりの冷たいコーヒーを飲み干して、今度こそ席を立つ。呼び止められても、今度は絶対に座り直してやらない。

「本気か冗談かわかんないほど馬鹿じゃないことも知ってる」
「……私は悟が大馬鹿野郎だってことを知ってるよ」
「そんな大馬鹿野郎にいつも付き合ってくれてる理由は何だろうね?」

 あらかじめ、ここは彼の奢りだと言われている。だからこのままお店を出てしまっても問題はない。のに、立ち上がったまま一歩を踏み出せずにいる私は、この空間で確実に浮いていた。
 自分が引き止めるようなまねをしたくせに「出ようか」と手を引くこの男が、嫌いだ、と言えたら楽なのに。私には、どうやってもそれができない。
 彼は勘違いしている。私は彼以上の大馬鹿野郎だ。だから、ずっとずっとずうっと、いらぬ感情を持て余している。彼はそれにいつから気付いていたのだろう。知りたいけれど、絶対に、知りたくない。

「さて、どこに行こうかな」
「私は帰る」
「じゃあ次の行先はなまえの家で」
「入らせないからね」
「今日はいいよ」
「今後ずっと入らせるつもりはないって言ったら?」
「そんなことで諦められたら苦労してないんじゃない? お互いに」

 離れてくれない指先が、私の手から温度を奪っていく。彼の手にかかれば私の家まで一瞬で行けるのに、わざわざ歩く意味。彼の言う通り、私は馬鹿じゃないからわかってしまう。
 一般人からしてみれば、ただの得体の知れない長身男。しかし私からしてみれば……、

「うち、ブラックコーヒーしかない」
「飲めないわけじゃないからお構いなく」
「今日は入らないって言ったんだから遠慮しなよ」
「据え膳食わぬは男の恥ってことわざ知ってる?」
「……悟の思い通りになったなんて思わないで」
「いいね、そういうところ、」

 いつもなら「嫌いじゃないよ」と言うところで、彼は言った。「好きだよ」と。この時を待ってましたと言わんばかりに。
 私がブラックコーヒーなら、彼は角砂糖だ。勝手に私の中に入ってきて溶けていく。混ざろうとする。それを拒むことはできない。
 今まで彼の口から一度も聞いたことがなかった「好き」という単語をさらりと囁いて、おもむろに指の絡め方を変える。歩調が心なしか速くなったのは、先を急いでいるからだろうか。
 どうして今更、とか、なんで急に、とか、そんなことを考えるのはもはや無意味。時間の無駄。そんなことより私が今考えなければならないのは、この後どうやって彼と二人きりの時間を無事に過ごすか、である。
 恋人同士の甘ったるい空気、という表現をよく聞くけれど、私は、空気に味なんてないのに、と捻くれたことを思っていた。じゃあ辛い空気や苦い空気があるの? それってどんな空気? って。
 でも今なら、その空気の味がわかるような気がした。甘いものが苦手な私には、どうも耐えられそうにない気がする。ただし相手が五条悟なら、まあ、その甘さに耐えてあげないこともない……かもしれない。

辛口評論家は甘党説