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 僕は最強だが、神ではない。だから一応限界はある。つまり僕が言いたいのは、僕がどれだけ最強でも、漫画やドラマのスーパーマンみたいに誰彼構わず助けられるわけではない、ということだ。

「誰も助けに来てなんて頼んでないけど」
「でも実際助かったよね?」
「それは結果論」

 なんとなく嫌な予感がして、自分の任務をちゃちゃっと片付けた後に様子見ぐらいのつもりで彼女の担当場所に顔を覗かせてみたら、なんと彼女が苦戦をしいられていた。一級呪術師である彼女が手傷を負うのは珍しいと思ったが、どうやら戦闘スタイルの相性が悪かったらしい。
 彼女は近接戦をあまり得意としていないタイプだが、相手の呪霊はバリバリの武闘派スタイル。だからどうにも仕留めきれなかったようだ。僕の野生の勘ってやつも捨てたもんじゃない。
 僕は近接戦だろうが中距離や遠距離での戦闘だろうが得手不得手はないから、助太刀に入ったら一瞬で終了。仕事を終え帰路についているのが今、というわけである。彼女は僕に助けられたことが相当不本意なのか、先ほどから機嫌が悪い。
 もともと僕が声をかけるだけで鬱陶しそうな顔をする彼女のことだ。僕に借りを作りたくなかったとかなんとか思っているのだろう。僕としては何回、何十回、何百回助けたところでそれを借りにするつもりはないのだが、彼女は変なところで真面目だから細かいことが気になってしまうのかもしれない。そういうお堅くて面倒なところは、ちょっと七海と似ているなあと思う。

「今度何か奢るからそれでチャラにして」
「そんなの全然気にしなくていいのにぃ」
「女子か」
「こんなイケメンな女子いる?」
「……一人で帰っていい?」
「高専に戻るんでしょ? 一緒に帰ろうよぉー」
「女子じゃん」

 スタスタと早歩きで帰路につく彼女の斜め後ろをのんびりついて行く。背の高さも脚の長さも違うから、彼女がどれだけ歩行速度を上げようとも僕が置いていかれるなんてことはない。
 途中でクレープ食べない? ケーキ買って帰る? 和菓子派だっけ?
 色々話しかけてみたが、彼女にはことごとくスルーされた。いつものことではあるが、せめて返事ぐらいしてほしい。溜息だけで反応されると、さすがの僕でもほんのちょっとヘコむ。ほんのちょっとだけ、だけど。

「なんでいつも私のこと助けに来るの」
「ピンチな予感がわかっちゃうんだよねえ、僕」
「他の人のこともそうやって適当な勘で助けに行くの?」
「うーん、まあ時と場合によるけど……なんでそんなこと訊くの? もしかして自分は特別だと思ってる?」
「……そんなわけないでしょ」

 即答ではなく少し間をあけてからの答え。彼女はわかりやすい。僕とは違って嘘が吐けない素直な人間だから。そして賢い。ずる賢いという意味ではなくシンプルに聡いことを僕はよく知っている。
 本当は僕がお前のこと特別視してるって気付いてるんだよね。だから必然的に「自分は五条悟の特別なんだ」って思っちゃうよね。それが正しい思考だと思うよ。お前に意識してほしくて露骨にこんなことしてるんだから、そういう思考に陥ってくれないと困る。

「もっと自惚れてよ」
「言葉の意味がわかりません」
「相変わらず冷たいなあ。そういうところも好きなんだけど」
「ねぇ五条、知ってるよね? 私に彼氏がいるって」

 知ってるよ。お前が呪術師だとも知らずに平凡な毎日を過ごしてる一般企業勤めのサラリーマンでしょ。中学時代の同級生だったっけ。偶然再会して、学生時代も好きだったとかなんとか言われて、一ヶ月ぐらい前から付き合い始めたんだよね。ぜーんぶ知ってるよ。でも、

「だから?」
「…………揶揄ってるだけだとしても困る」
「どうして?」
「本気にしろ冗談にしろ、私は五条の気持ちに応えられないから」
「応えてもらいたくて執着してるわけじゃないからお構いなく」
「私が構うの」

 彼女はたぶん、そこまでそのカレシのことが好きではない。付き合い始めて一ヶ月といえば、普通なら何をしたって楽しいばかりで、できるだけ二人で過ごす時間を増やしたいと思うはずだ。しかし彼女ときたら、この一ヶ月を呪霊任務というスケジュールで埋めている。
 昼夜問わず出動しっぱなし。睡眠時間は辛うじて確保しているようだが、まともに食事を摂っているかはわからない。そんな状態でカレシに会っているはずもなく、毎日ラブコールをしている様子もなく、大きなお世話だと思うがそれは付き合ってると言えるのかと疑問を抱いてしまう。
 しかし彼女は今言った。彼氏がいる、と。つまりまだカレシとの関係は続いているようで、もしかして男の方もそこまで彼女が好きなわけじゃないのでは、なんて思ったりして。だとしたらさっさと別れてほしい。そうすれば正々堂々彼女を僕のものにすることができるから。

「カレシとデートした?」
「……」
「手繋いだ?」
「……」
「ハグは? キスは?」
「五条には関係ないでしょ!」
「関係大ありだよ。好きなんだから」
「もう……だからそういうのは、」
「特別なんだよ、なまえは。わかってるんでしょ」
「わかんないよ……全然、何もわかんない……」

 早歩きから徐々にスピードダウンし、のろのろ歩みを進めていた彼女がとうとう立ち止まった。ぐるりとこちらに振り向いてキッと俺を見上げてくる強気な視線も好きだなあ……って、今はそういうことを考えている場合じゃないのだろうが、それしか考えられないぐらいには彼女のことが好きだ。
 好きだから告白しなかった。関係性が崩れるのが嫌だからとか、気まずくなりたくないからとか、そんな可愛い理由じゃない。僕の「好き」でいつか彼女を押し潰して、束縛して、ころしてしまいそうで、怖かったのだ。
 応えてもらいたくて執着してるわけじゃない。それは本音だ。しかしそれは、執着していないというわけではない。

「ちゃんと好きなんだよ。なまえのこと」
「こういう時だけ真剣になるのやめてよ」
「こういう時だけ真剣になるから意味があるんでしょ」
「ていうか私彼氏いるし」
「別れたらいいじゃん。どうせそんなに好きじゃないんだし」
「勝手に決めつけるな」
「じゃあ好き? 任務に明け暮れてキスはおろかハグもデートもしてないのに?」
「なんでそんなことまで知ってんの!」
「大好きななまえのことは何でも知ってるよ」
「怖い」
「ありがとう」
「褒めてないし」

 五条って頭いいのに馬鹿だよね、と吐き捨てた彼女は、諦めたように笑った。夜の闇の中でもよく映える綺麗な笑みに見惚れるなという方が無理な話だ。

「帰ろ」
「え? 返事は? もしかして今のなかったことにしちゃう感じ?」
「応えてもらいたくて執着してるわけじゃないなら待ちなよ」
「……はぁい」

 ごもっともなご意見に大人しく頷くしかなくて、もしかしたら僕は今、呪術師になってから一番情けない姿になっているかもしれなかった。彼女の後ろをぽつぽつ付いて行く背中は、きっと丸まっている。

「助けに来てくれてありがとう」
「何? もう一回言って」
「言わない」
「ちぇー」
「それから私、五条のことそんなに嫌いなわけではないよ」
「え? 何? ちょ、待って、もう一回言って」
「言わない」
「僕のこと好きって言ったよね?」
「言ってない!」

 やっぱり前言撤回! と元気に早歩きで先を行き始めた彼女に難なく追い付く。
 僕は最強だが、神ではない。だから完璧ではないし、ダメなところも沢山あるし、人並みに恋もする。つまり僕が言いたいのは、僕は本気で大切だと思ってる人間しか助けないよ、ってこと。お前はちゃんとわかってくれてるよね?

インヒューマン・ラブ