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 寝るのはあまり好きではない。私が寝ている間に、彼が居なくなってしまうことが多いからだ。目を覚ましたら彼がいない。それが当たり前になってしまうのが怖い。その環境に慣れてしまうのが嫌だ。だから私は、寝るのがあまり好きではなかった。
 彼に見初められた時は、それはそれは嬉しかった。しかしそれと同じぐらい怖くもあった。想いを募らせれば募らせるほど、不安が大きくなる。毎日心配で胸が張り裂けそうになる。
わかっていたことだ。彼は鬼殺隊の水柱という身。だからいつどこで何が起こってもおかしくはないと。彼に何があっても受け入れる。そういう覚悟をもって隣にいることを決めた。それなのに私は、こんなにも弱い。

「眠れないのか」
「いいえ。もう寝ますよ。義勇さんこそ寝ないんですか?」
「お前が寝ないと寝られない」
「……また、行ってしまうのですか」

 引き止めてはいけない。そんなことわかっているのに、どうしても寂しくて、彼の着物を握り締めてしまう。指先から「私を置いていかないで」と伝えようとしてしまう。
 こんなにも弱い私を、彼はいつも咎めない。突き放すこともしない。ただゆっくりと手を握って、困ったように少しだけ笑ってくれる。
 彼は笑うのが得意ではない。出会った時からそうだから、ずっとそうやって生きてきたのだと思う。だから私は、ほんの少し微笑んでもらえただけで得をした気分になる。
 彼は言う。私と出会ってから笑うことが多くなったと思う、と。他の柱の人にも言われるそうだ。表情が豊かになった、と。彼にとってそれが良いことなのか悪いことなのか、私には判断できないけれど、その話をする時の彼は少し嬉しそうに見えるから、良い変化として感じてもらえていたら良いなと思う。

「今日は行かない」
「じゃあ一緒に寝ましょう」
「そんな顔をしなくても、俺はずっとお前の隣にいる」
「知っていますよ」

 彼の手を握り返す。そのまま寝床まで行き、布団の中で身を寄せ合って一緒に眠る。ただそれだけのことだけれど、隣に彼がいるというだけで安心するのはなぜだろう。幸せを感じられるのはなぜだろう。彼は私と同じように感じてくれているだろうか。一人の時よりも安心感を覚えることができていたら、嬉しいと思う。
 彼の胸に擦り寄る。髪を梳くように撫でる手が心地良い。ああ、寝てしまいそうだ。彼の寝顔を見てから寝たいのに。

「幸せですね」
「そうだな」
「おやすみなさい」
「おやすみ」

 囁き合って瞼を閉じた。彼の温もりを感じながら眠りに落ちる。気持ちがいい。
 そうして次に目を覚ました時、彼が隣にいると泣きそうになる。今日は一緒に朝を迎えられた、って。ここにいてくれて良かった、って。

「おはよう」
「おはよう」
「そろそろ起きないと、」
「今日はまだいい」
「え?」
「たまにはいいだろう?」
「……たまにと言わず、毎日でも」

 起きようとした私の腕を彼が引っ張って、布団に引き戻した。また、彼に包まれる。幸せを噛み締める。こんな朝を毎日繰り返すことができたらいいのに。

「余計なことを考えるな」
「義勇さんのことしか考えてませんよ」
「なまえは俺を煽るのが上手いな」
「そうでしょう?」

 ふふ、と笑ってみせるのは、彼が私の笑顔を好きだと言ってくれたから。私は弱いけれど、弱いなりにできることがあると信じている。彼が言ったのだ。お前は笑って俺の隣にいてくれるだけでいい、と。だからせめて、妻として、その要望に応えるぐらいのことはしなければ。
 私の頬を滑る手が愛おしかった。願わくばこの愛おしい手を血で染めなくてもよくなる日が来ますように。そんな儚い祈りを込めて、私は彼の手に自分の手を添えた。

◇ ◇ ◇


あの日々から一年が経過した。彼は今もまだ私の隣にいる。あの頃から変わらずに。変わったことと言えば、彼の髪が短くなったことぐらいだろうか。幾分か柔らかくなった雰囲気も、今ではすっかり慣れた。
 もう彼が出かけるたびに、帰って来ないかもしれないと不安に思うことはない。朝目覚めた時に彼の姿がなくても、きっと散歩にでも出かけたのだろうとのんびり待つことができる。平和ボケしていると言われればそうなのだろう。しかし、これまでのことを考えたら、少しぐらい平和な時間にうつつを抜かしてもバチは当たらないと思うのだ。

「義勇さん、今日は炭治郎くんたちが来ますからね」
「何か用事か?」
「ええ。とても大事な用事があって」
「そうか」

 どんな用事だ? と尋ねてこないのが彼らしいと思った。いつも通り淡々と。穏やかに。顔を洗い、服を着替え、朝の食事をゆっくり食べる。私は密かにそわそわしているというのに。
 そんな私の小さな変化に気付いているのか。彼は表情を変えず静かに問うてきた。「そんなに楽しみなのか」と。どうやら彼は、私が炭治郎くんたちに会えるのが楽しみすぎてそわそわしていると思ったらしい。
 それも間違いではない。けれど、正解でもなかった。私がそわそわしている大きな理由は他にあるから。

「楽しみですよ。久し振りですから」
「正月に会ったばかりだろう」
「そうですけど」

 おかしなやつだ、とでも言いたげな顔をしながらも、彼は何も言わなかった。
 そうして、炭治郎くんや善逸くん、伊之助くん、禰豆子ちゃん、カナヲちゃんが来てくれて、その後で宇髄さんと不死川さんが来てくれたことには驚いたけれど、どうやら炭治郎くんが声をかけてくれたらしい。さすがの彼も「何事だ?」と、端正な顔を歪めている。

「今日は義勇さんのために皆さん集まってくれたんですよ」
「俺のため?」
「誕生日おめでとうございます」

 彼は自分の誕生日を忘れていたわけではないと思う。恐らく、誰かに、特にこんなに大勢に祝ってもらえるなんて微塵も考えていなかっただけだろう。
 歳を重ねる。たったそれだけのことだけれど、私は毎年思うに違いない。今年も生きていてくれてありがとう、と。あなたに有りったけの愛を込めて。
 あと何回こうして祝うことができるのか、数えることはしない。残りの回数を数えるより今の幸せを噛み締めて刻みつけることの方が、よっぽど有意義で大切だと思うから。ここに集まっている皆が同じことを考えて彼の生まれてきた日を祝ってくれていることが、何よりの幸せだと思う。

「ありがとう」

 彼が笑った。幸せそうに。美しく。自然に。私はそれを見て、泣く。泣いて、笑う。

「どうした」
「義勇さんが幸せそうだから、嬉しくて」
「なまえが隣にいてくれるようになってから、俺はずっと恵まれていたと思う。……今も昔も、俺は幸せだ」

 誰かが宴を始めようと言った。飛び交う会話と賑やかな笑い声。その中に、私たちも溶け込む。
 今を生きている私たちは、この上なく幸せだ。だからどうか、最期まで、このままで。

破顔、そしておやすみ