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 彼はわりと優良物件だと思う。進学校に通いながらボーダー隊員としても活躍しているし、成績も運動神経も悪くない。見た目に至ってはかなり良い方だと思う。それでいて人懐っこくて誰とでもフレンドリーに接することができる性格の持ち主だから、結構モテると聞いたことがある。
 そんな彼の部屋にどうして私がお邪魔しているのか。それは突然降り始めた雨に原因があった。
 梅雨に入ると雨の日が多くなるのは必然。けれども、毎日雨というわけではなくて晴れる日も存在するわけで、今日はそんな貴重な晴れの日だった。朝からカラリとした青空が広がるのは珍しくて、少しじめっとした空気も気にならなくなるほど浮かれ気分だった私は「午後から雨らしいから折り畳み傘持って行きなさいよ」というお母さんの言葉をスルーしてしまった。
 この時点でお気付きだと思うが、私は下校時刻になり朝の晴天が嘘のようにどんよりとした重苦しい空を見上げながら絶望するハメになった。容赦なくザアザアと降り続く雨はどうやったって止みそうになくて、私は鞄を雨避け替わりにするべく頭の上にのせてから意を決して走り出す。そうして漸くバス停の屋根の下に着いた時には、結構なずぶ濡れ加減だった。
 この状態でバスに乗るのは申し訳なさすぎると思い鞄からタオルを取り出したものの、雨避け替わりにしてしまったせいで鞄の中はなんとなくしっとりしていて、タオルも湿っているような気がする。教科書類はぎりぎり無事だったけれど、これでバスを降りてまた家までダッシュとなるとかなり厳しいことが窺えた。
 考えていても仕方がないので、髪と、服と、鞄と。とりあえず拭けるものは拭いてバスを待つ。私が雨の中に飛び出すのを躊躇っている間にいつも乗り込むバスはとうの昔に走り去っていて、私の他に生徒の姿はない。べたべたと張り付く服が気持ち悪いし、早く帰ってシャワーを浴びたいな。
 そう思いながら俯いてスカートを拭いていた私に「ピンクが透けてるよ」というなんともデリカシーのない言葉を落としてきたのが、他ならぬクラスメイトの犬飼くん。慌てて顔を上げタオルで上半身を隠したものの、彼は「もう見ちゃった。ごめんね」と悪びれる様子もなく笑っていて、怒る気も失せてしまった。

「その状態でバス乗るの?」
「だってそれ以外に選択肢ないし…」
「絶対ヤバいと思うけど」
「タオルで隠してればなんとか…」
「うち来る?」
「へ?」
「ここから近いし。そのままバスに乗って痴漢に遭うよりマシでしょ」
「え、いや、でも」
「ここで会ったのも何かの縁だし。おれ優しいから痴漢に遭うかもしれないクラスメイトを放っておけないし」

 彼が本当に優しい人物かどうかは知らないけれど、少なくとも私を助けようとしてくれていることだけは分かった。とは言え、彼女でもない女がお邪魔しても良いのだろうかという思いは捨てきれない。
 さてどうするのが正解だろうかと悩んでいる間に、彼は私の濡れた鞄を肩にかけて傘をさし、私の腕を引いて歩き出してしまった。強制的に相合傘をさせられる展開となり、こんなところを他のクラスメイトに見られてしまったら、私は明日から弁解の嵐で勉強どころではなくなる。しかし、がっしり腕を掴まれているし、鞄も彼の肩にかかっているので、逃げ出すわけにもいかない。私はとりあえず誰かに出くわしても誤魔化せるようにと顔を隠すように俯いて彼の隣を歩くしかなかった。思っていた以上に強引なタイプである。
 そうして彼の家に着いたら躊躇う隙も与えてくれず中に引きずりこまれ「とりあえずおれの部屋行こっか」と彼の部屋まで連行された。タオルと一緒に女性もののシャツを渡されて「着替えなよ」と言われたけれど、これは一体誰のものだろう。戸惑う私に「彼女のやつとかじゃないから」と言ってお姉さんのものだと補足説明をしてくれた彼は、いまだに状況が飲み込めていない私にゆるりと綺麗に笑って見せた。

「服、脱いで着替えないと乾かせないよ」
「それはそうなんだけど、なんていうか、どうしてここまで親切にしてくれるのかなって…不思議で…」
「親切?」
「だってさっき、痴漢に遭うかもしれないクラスメイトを放っておけないって言ってたし…普通だったら家で服乾かすところまでしてくれないでしょ?」
「ふーん…そういう考えか」
「そういう考えってどういうこと?」
「みょうじちゃん、あのままバスに乗ってたらやっぱり痴漢に遭ってたと思うよ」
「え? どうして?」
「抜けてるから。色々と」

 彼はボーダー隊員だから特殊な訓練を受けているのだろうか。だから一瞬で私との距離を詰めて、ぷつりとシャツのボタンを外してくるなんていう芸当ができたのだろう。きっとそうに違いない。
 慌てて彼の手を払いのける。それに対して両手を挙げて降参ポーズをとる彼の顔はちっとも降参しましたって表情じゃなくて、むしろ「お手並み拝見」と言わんばかりの不敵な笑みを浮かべているからぞくりとしてしまった。

「着替えらんないのかと思ってちょっと手伝おうとしただけ」
「……着替える、から、一人にしてもらえないかな」
「りょーかい」

 危機感を感じたなら、ここで着替えたりせずに傘を借りて帰ることもできたはずだ。それなのに私ときたら、とんでもないことをされたにもかかわらず、彼を咎めないどころか言われた通りに着替えをして濡れたシャツを乾かしてもらっている。これは一体どういうことだ。
シャツが乾くのを待つ間だけとはいえ、彼と二人きりという状況に耐えられない私は、見る必要もない携帯のSNSをチェックすることしかできない。彼の方も、あれからは特に話しかけてくることも近寄ってくることもなくて、今は私と同じく携帯に目を落としている。
すると、彼の様子を窺っていることが視線でバレてしまったのか。彼がふと私の方に視線を寄越してきた。顔ごと傾けてくることはしなくて、流し目でこちらを見ているだけ。そしてその口元には、やはりと言うべきか弧を描いている。何がそんなに楽しいのだろう。私にはここに至るまでの彼の思考が全く読めなかった。

「おれのこと親切って言ってたけど、今でもそう思ってる?」
「親切なだけじゃないと思ってる」
「例えば?」
「…有り得ないけど、もしかしたら下心があるんじゃないか、とか」
「うんうん、他に気付いたことは?」
「この状況を楽しんでるんじゃないか、とか」
「なるほど。それで?」
「それで?」
「うん。それで?」

 それで? と言われても。そこから続く考察は特にない。口籠る私を見て漸く顔ごと私の方に向けてくれた彼は、整った顔を相変わらず愉快そうに歪めているだけだ。彼は私に何と言ってほしいのだろう。何と言わせたいのだろう。そもそも、先ほどの私の発言は全て当たっているのだろうか。下心があるのも、今のこの状況を楽しんでいるのも、図星ということで良いのだろうか。
 ザアザアと雨音が聞こえる。まだ雨は降り続いているらしい。服が乾いたらお礼を言って、傘を借りて帰らなくちゃ。それで、明日学校で「貸してくれてありがとう」って借りた傘を返す。それで私達はまた、今まで通りのクラスメイトに戻るのだ。今まで通りの、クラスメイトに。

「犬飼くんは、」
「うん」
「結構モテるらしいよ」
「へぇそっか」
「どんな子がタイプなんだろうって、この前話題にされてた」
「みょうじちゃんは興味ないの? おれの好きなタイプ」
「…ちょっと、興味ある」
「ちょっとだけ?」
「教えてよって言ったら教えてくれるの?」
「…さっきまで怯えた小鹿みたいだったのに。女の子ってコワイよね」

 彼の発言はいつも表情と伴っていない。コワイと言うくせに、その顔はただただ楽しそう。というか満足そう。

「おれの好きなタイプは、見た目ちょっと可愛くて性格は落ちついた感じの子」
「みんなに言っとくね」
「言ってもいいけど、たぶん意味ないよ」
「意味ない?」
「だっておれ、彼女できる予定だし」
「どういうこと?」
「え? ここでそういう反応しちゃう? そんなに鈍くないでしょ」

 ねぇみょうじちゃん。
 本日一番の深い深い笑みだった。彼が私と距離を詰める。私は動かない。
 雨はまだ降り続いているはずだけれど音は気にならなくなっていた。気にしている余裕がなくなったからだ。服はそろそろ乾いたかもしれない。けれども私はもう少し、この部屋に留まることになりそうだ。

甘宿りはいかがですか