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 見てしまった。できれば一生見たくなかった光景だけれど、見てしまったものは仕方がない。そして、見たくないなら目を逸らせばいいのに私がそうしないのは、いくら見たくないとしても見なければならないものだからだ。
 私の視線の先にあるのは、見間違えるはずのない私の彼氏と見ず知らずの女性のツーショット。背の高い彼と並んでもそこまで気にならないほどすらりとした長身の女性は、遠目に見ても綺麗な人だとわかる。手を繋いだり腕を絡めたりしているわけではないけれど、二人の距離は友だちにしてはやけに近いような気がした。そして何より、二人で笑い合いながら歩いている姿はどう見たって恋人同士のそれで、悔しいことに私なんかよりずっとお似合いに見える。
 彼に限って浮気は有り得ないと思っていた。普段から私を大事にしてくれているのは十分すぎるほど感じていたから。一緒にいる時、毎回飽きもせず幸せだと思う。それでも現状はこれなのだから男ってのはわからない。
 こういう時にありがちな、彼の姉や妹でした、という展開は有り得ないと断言できる。なぜなら私は、彼の家族構成……というか、生い立ちを知っているからだ。少なくともあの女性は彼の姉や妹ではない。
 それならただの友だち? もしくはボーダーの人? とも思ったけれど、ボーダー本部では見かけたことがないから、そもそもどこでどうやって知り合ったのか甚だ疑問である。こうなると暗躍絡みの知り合いである可能性が濃厚だけれど、わざわざ休日の午後に二人きりで会うほどの用事がある関係なのだろうか。
 そもそも彼は未来が視えるのだから、私に目撃されることなんてお見通しだったのでは? つまりこの光景を見せたかったということ? 何のために? 考えれば考えるほど胸のちくちくとした痛みは激しくなるし、頭の中もぐちゃぐちゃになっていく。
 しかし、こんなところでうだうだ考えていたって答えが出てこないことだけは明白だった。私は彼の彼女なのだ。ここで怯む必要はない。堂々と二人の前に登場し、面と向かって何をしているのか問いただしてやろうではないか。それで、もしものもしも、最悪なことに彼が浮気をしていることが判明したら、その時は、これでもかと罵って、こちらから別れを告げてやろう。
 私はひとつ大きく深呼吸すると、意を決して仲睦まじく談笑している二人のもとに歩みを進める。すると、何歩か進んだところで彼が私の存在に気付き目が合った。明らかにぎょっとした顔をしている。ということは、私に見られたくなかったのかもしれないけれど、彼にはこうなる未来が視えていなかったのだろうか。

「なんでここに?」
「私がこの辺りを歩いてたらダメなの?」
「そういうわけじゃないけど、普段二人でここらへん来ることないし……」
「そんな未来も視えなかったし?」
「……読み逃した…………」

 彼の反応から、わざとこの光景を見せたかった、という線は消えた。けれど、あの迅悠一が未来を読み逃すなんて珍しいことがあるものだ。ここ最近忙しいと言っていたから疲れのせいなのだろうか。忙しい、なんて、いつものことなのに? それじゃあ他に理由がある? 例えば未来を視る余裕もないぐらいお隣の彼女に夢中だった、とか。
 我ながら捻くれた考え方をしているなあと思う。しかし、憶測がどんどん暴走して悪い方向に膨らんでいくのがわかっていても思考を止められないのだ。まだ事実は何もわからないのに、嫌な考えばかりが頭の中を埋め尽くしていく。胸がざわついて、冷静に言葉を選べない。

「そちらの綺麗な人のことで頭がいっぱいだった? 邪魔してごめんね」
「それは違いますよ」

 刺々しい私の声音とは対照的に、ひどく落ち着いた穏やかな声が聞こえた。彼ではなく、お隣の綺麗な人の声だ。見た目同様、美しい声色。こんなの嫉妬するしかない。
 ところで彼女は今何と言っただろうか。「それは違いますよ」と。私の耳がおかしくなければ、確かにそう聞こえた。それは違う、の「それ」とは何を指しているのか。ふんわりしすぎていてよくわからない。
 彼はなぜかドギマギしているだけで、彼女の発言を肯定も否定もしなかった。未来が視えないとこうも慌てふためくものなのだろうか。普通の人は(というか彼以外の人間は)未来が視えないのが当たり前なのに。

「私はただのジュエリーショップの店員で、彼の相談にのっていただけです」
「ジュエリーショップの店員さん?」
「はい。お客様には何度もご来店いただいておりまして、今から移転後リニューアルオープンしたばかりの新店舗へご案内するところだったのですが……」

 彼女の笑顔は、なるほど、言われてみれば営業スマイルというやつかもしれなかった。美しい笑顔も声も、接客用に取り繕ったものだと言われたら腑に落ちる。
 しかしここで新たな疑問が浮かび上がった。なぜ彼がジュエリーショップに足繁く通っているのか。その理由がさっぱりわからない。彼女が嘘を吐いているようには見えないし(もしこれが浮気を誤魔化すための嘘なら女優になった方がいい)、彼の慌てようが酷くなったところを見ると本当のことだと信じるしかないとは思うのだけれど……と、そこでようやく怪訝そうに顔を顰めている私に視線を寄越してきた彼と目が合った。
 一、二、三秒。見つめ合って固まっているだけの謎の沈黙が流れる。そして彼は急にふっと表情を和らげた。本当にまったくもって意味がわからないけれど、たぶん彼には何かしらの未来が視えたのだろう。さっきまで今まで見たことがないぐらいオロオロしていたのに、こうも簡単に手のひらを返したように余裕綽々な態度を取られると非常に腹立たしい。

「何がそんなにおかしいの? 私まだ全然状況が理解できてないんだけど」
「ごめんごめん。ちゃんと説明するから、場所うつしてもいい?」
「どこ行くの?」
「ジュエリーショップ」

 その言葉を待ってましたとばかりに美しい店員さんが「こちらにどうぞ」と歩みを進めた。こうなったら状況が理解できていなくてもついて行くしかないので店員さんの後ろを大人しく歩いて行くと、ものの数分で煌びやかなお店に到着。……したはいいものの、そんなにオシャレに詳しくない私でも知っている有名ブランドの名前が掲げられているものだから、こんな普段着で入っていいものなのかと足が竦んでしまう。
 しかしそんな私をよそに、いつも通りのボーダーの服を身に纏っている彼は何の躊躇いもなくお店に入っていく。しかも店員さんはご丁寧にドアを開けて「どうぞ」と私が入るのを待ってくれていて、私もさっさと入らざるを得なかった。
 中に入るとより一層キラキラした世界が広がっていて、自然と緊張してしまう。だって絶対に、どう考えたって私には不釣り合いな場所だ。

「なまえ。これとこれ、どっちがいい?」
「は?」

 居た堪れなくて目をキョロキョロさせていた私に、彼は突如話しかけてきた。脈絡がなさすぎる。ていうかこれとこれってどれ?
 首を傾げつつ彼の指が示す先へと視線を落とした私は目を丸くさせた。「これ」と「これ」。どっちも指輪なんですけど。しかもかなりその、ガチなやつ。どっちがいいかって、こんなの私が選んでいいの?
 戸惑っていたら店員さんが「つけてみられますか?」と予想だにしない提案をしてきて、更に戸惑う。指輪を嵌めてみるなんて、まるで結婚指輪を選ぶみたいに特別感漂うことはできない。ていうかなんで指輪を選ばなきゃいけないの? 先に説明してくれない?

「おれからなまえにプレゼントしたくて何ヶ月も悩んでたんだけど全然わかんなくて。でも、今日たまたま会って“わからなかった理由”がわかったよ」
「私には全くわからないんだけど?」
「なまえに直接選んでもらわないとダメだったみたい」
「……これとこれ、どっちがいいかを?」
「そう」
「これとこれ?」
「好みじゃない?」
「そうじゃなくて、指輪って……」
「いらない?」

 いるとかいらないとか、そういう次元の話ではないのだ。最近の若い子は学生でもペアリングを気軽に身に付けたり、ちょっとしたプレゼントで指輪を選ぶこともあるようだけれど、私にはその感覚が理解できない。だって指輪って、すごく特別なものだと思うから。彼はそうじゃないのだろうか。
 私が選べずにいると、店員さんが二つの指輪をショーケースから取り出した。試しにつけるつもりなんてないのに、どうしよう。

「こちらは柔らかな曲線とさりげなく輝く装飾が特徴となっておりまして、こちらはシンプルなデザインに映える存在感のある装飾が特徴となっております。どちらもあなたに似ているから、とお客様が迷っておられました」
「特別なものだから適当には選べなくてさ。最初から連れて来ればよかった」
「特別、なんだ」
「そりゃそうでしょ。指輪だよ?」
「それを私に?」
「なまえは特別だって形で証明しようと思って。重かった?」
「ううん……ありがとう。嬉しい」
「そう言ってくれると思った」

 彼にはきっと見つめ合ったあの時にこの未来が視えていたのだと思う。だから笑ったんだ。じゃあこの先ももうわかってる? 視えてる? どこまで? 未来が視えない私にはわからない。けど、私が次に言うことは決まっていた。

「悠一が選んでよ。私の未来を」

きみしかみえない