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 巷で聞いたことはあった。「何かをしないと出られない部屋に突然閉じ込められる事件が発生しているらしい」と。でもそんなの、誰かの夢の話か、そうでなければ大袈裟な作り話か、とにかくその程度にしか思っていなかった。つまり、そんなおとぎ話みたいな部屋の存在なんて全く信じていなかったのだ。だからバチが当たったのかもしれない。

「換装体になれねぇんじゃお手上げだな」

 白いシーツがピンとはられたベッドに背中からダイブし盛大にシーツをしわくちゃにしながら、彼はのほほんとした口調で言った。現状を説明すると、ここは真っ白な部屋の中。私は彼と大学から一緒にボーダー本部に向かっている途中で、突然、何の前触れもなく、この真っ白な部屋に閉じ込められたのだ。
 何が起きたのかわからず内心かなり焦っている私とは対照的に、彼は謎の部屋に閉じ込められたというのに危機感のカケラもなかった。まあ太刀川慶がそういう男だということは前から知っていたことだけれども。
 しかしこの男はまだ大切なことに気付いていない。私が数秒前に見つけた「この部屋は閉じ込められた相手とセックスしないと出られません」というメモ書き。これを見たら、少しは焦るだろうか。……今と何も変わらないんだろうな。私は小さく息を吐いた。

 私と彼は同じ大学に通うボーダー隊員仲間の同級生。だから私は当然のことながら、彼とセックスをする仲ではないと認識している。しかし、彼の方はどうかわからない。なぜなら彼は、たぶん……じゃなくてほぼ確実に、そっち系のことに緩いタイプだからだ。
 綺麗な先輩、可愛い後輩、ちょっと派手な同級生。彼と身体の関係をもったという女の子は私が知るだけでも片手では数えきれないけれど、私が知らない女の子もいると思うから、それもカウントしたら両手でも足りないかもしれなかった。とりあえず、彼がびっくりするほど軽い男であることは間違いないだろう。

 私は(というか恐らく大抵の人は)好きな人とじゃないとそういうことはしたくない。そして、彼とならいいかなと思っている。……と言ったらバレバレだと思うけれど、不本意なことに私は彼のことが好きなのであった。
 先にも述べたように、彼は軽い男だ。見た目は悪くないけれど、めちゃくちゃ良いわけでもない……と思う。驚くほど馬鹿だし、肝心なところが抜けている。時間にルーズだし大事なことをすぐに忘れるし、彼氏になったとしてもすぐに浮気されること間違いなし。こうして羅列してみたらわりと(だいぶ?)最低。不良物件もいいところだ。けれども悔しいことに、ボーダー隊員としての彼は文句なしにカッコいいのである。
 かれこれ一年ちょっと片想いを続けているけれど、鈍感な彼が私の気持ちに気付くことはもちろんない。私も気付いてもらおうとは思っていないからそれは構わないのだけれど、彼と見ず知らずの女の子の噂を聞くたびに胸を痛めるのはいい加減やめたいと思っていた。そう考えると、この状況は私にとってピンチでありチャンスなのかもしれない。
 彼のことだ。「セックスすりゃ出れんのか。簡単でよかった」と、なんでもないことのように私を抱いてくれるだろう。私は好きな男に抱かれて思い出ができ、彼も苦痛を伴うことなくスムーズに部屋を出ることができる。うん、何の問題もないどころか、ウィンウィンじゃないか。私はふうっと深く息を吐くと、ベッドに寝転がってぼーっとしている彼に近付いた。

「太刀川」
「おー、鍵開いたか?」
「この部屋、セックスしないと出られないんだって」
「は?」

 ぽやぽやしていた彼が、突然がばりと上体を起こした。私を見つめる瞳はいつもより大きく見開かれていて、珍しく驚きを露わにしている。
 え? そんなに驚く? 「セックスすりゃいいのか、簡単じゃねぇか」って軽いノリで言ってくれないの?
 彼の予想外の反応に、私も驚いて固まっていた。彼はその間に小さなメモ用紙の存在に気づいたようで、おもむろにメモ用紙に書いてある短い文章に目を通すと、もう一度私を見て頭を抱える。なんとひどいリアクションだろう。そりゃあ私みたいな女は抱きたくないかもしれないけれど、だとしても、これほどあからさまに「どうしよう」って雰囲気を醸し出さなくてもいいじゃないか。
 軽い軽いと思っていた男にまさかセックスを拒まれるとは思っていなかったから、ショックよりも腹立たしさの方が少し上回っていた。私も一応女なんですけど? こんな女じゃ抱けないっていうの? もしかして女だと認識してないとか?
 考えれば考えるほどムカムカしてきて、気付けば私は彼に詰め寄っていた。完全に勢いだ。しかし勢いとは恐ろしいもので、正気に戻るまで止まれない。自分よりずっと背が高くガタイのいい男にずいっと近寄る。しかし、何事にも動じないはずの彼がなぜかじりじり後退りするものだから距離はなかなか縮まらなくて、その行動がより一層私の苛立ちを助長させた。
 どうして逃げるの? そんなに抱きたくないわけ? 膨らむ腹立たしさはとどまることを知らず、それに比例するように彼に詰め寄るスピードも速くなる。そして私はついに彼をベッドまで追い詰めた。彼はA級一位の隊長とは思えぬまぬけさでぼすんとお尻をベッドに沈め、いつもは見下ろす私の顔を見上げている。新鮮な光景だ。

「なんでそんなにヤる気ないの?」
「ヤる気って、お前なぁ……」
「今まで色んな子としてきたんでしょ?」
「それはまあ……」
「じゃあ私ともしようよ」
「いや待て、落ち着け。話せばわかる」
「私は落ち着いてるよ」

 言いながら強引によっこらせと彼に馬乗りになる私は、もうヤケクソだった。だって、来るもの拒まず去るもの追わずの彼に拒まれているのだ。ヤケクソになってこっちから無理矢理攻める以外にできることがない。
 彼は「おいおい」とベッドの上でも器用に後退りしているけれど、私が膝立ちのまま彼を追いかけているので距離は変わっていないし、なんならいい感じにベッドの真ん中に移動してくれたので、ここでキスの一つでもしようものならそのまま情事を始めることができそうだ。この状況でも彼は私と視線を合わせずしどろもどろしていて、どうにもヤる気がなさそうなのが悲しい。私が必死だからこそ余計に。
 早くこの部屋から出たいとは思っている。それは本当だ。けれどもそれ以上に、彼と何かしら特別な繋がりがほしかった。それが例えここを出るための手段にしかすぎなかったとしても。一度の過ちとして彼の記憶からはすぐに消え去るとしても。しかし彼はそれすらも許してくれない。

「ねぇ太刀川、」
「お前とはしない」
「なんで? 女として見られないから? 私に魅力がないから?」
「違う」
「じゃあどうして? しないとここから出られないんだよ? それでもいいの?」
「他に方法があるだろ。たぶん」
「ないの。セックスする以外の方法は。太刀川ならできるでしょ?」
「お前は俺とヤることをどうとも思わないのか?」

 やっと交わった格子の瞳は、私を鋭く射抜いた。この男は馬鹿なのに、変なところで頭がキレる。というか、ここぞという時に核心を突く。
 どうとも思わないのか? 私が? そんなわけないじゃん。好きなんだから。緊張するし怖いし、もちろん恥ずかしいよ。でも、初めては好きな人にしてもらいたいって思うんだもん。太刀川になら初めてを捧げてもいいやって気持ちでここまでしてるんだよ。そんなこと何も知らないくせに。他の女の子のことはすぐ抱くくせに、なんで私には手を出してくれないの?
 言いたいことは沢山あるのに上手くまとまらなくて、目頭が熱くなってきて、泣きそうな顔を見られたくなくて、私は彼の唇に自分のそれを押し付けていた。お世辞にも上手な口付けとは言えない。お互い目を瞑る暇もなくて視線は交わったまま。唇を離してからも見つめ合っている状態は変わらなかった。

「……お前もしかして俺のこと、」
「そうだよ好きだよ。悪い? 太刀川が私のことそんな風に見てないのはわかってるけど好きになっちゃったんだもん。仕方ないじゃん。だからっ、」
「わかった」

 彼が私の後頭部を自分の胸元に抱き寄せてポンポンと撫でた。何がわかったのか、私にはわからない。けれど、先ほどまで狼狽えていた彼が急に落ち着きを取り戻したことだけはわかった。
 彼は私の頭をテンポよく心地よく撫でながら言う。これからセックスする男女の会話とは思えぬ穏やかさで。

「それなら心置きなくできるな」
「それならって、どういうこと?」
「お前が俺のこと好きなら、ってこと」
「……うん?」
「鈍いなー。俺はこう見えてピュアなんだぞ」
「それはない。ていうか太刀川に鈍いとか絶対言われたくないし」
「そうか? 俺はな、本命の女は好きになってもらってからじゃないと抱かないって決めてたんだ。ピュアだろ?」
「え?」

 本命の女? この話の流れ的にそれって私……だよね? 両想いだったら抱くけどそうじゃなかったら抱かないって意味で合ってる? いいように解釈しすぎ?
 必死に頭の中を整理していたら、頭を撫でてくれていたはずの彼の手が私の背中をなぞって、それはそれはスムーズに服の中へと侵入してきた。え、いや、ちょっと待って、まだちゃんと整理できてないんだけど!

「ストップ、太刀川、」
「さっきまであんなにヤる気満々だったくせに」
「それはそれ!」
「あのな、セックスしないと出られないならヤるしかないだろ」
「さっきまでヤる気なかったくせに!」
「それはそれ、だ」
「なっ、」

 こんな時だけ揚げ足を取るのが上手いのはどういうわけか。納得いかない。けれども私は彼のことが好きなので、まあ、結局は納得できなくても許してしまうわけで。お察しの通り、その後私と彼は無事に部屋から出ることができました。めでたしめでたし。
 ……っていう締め括りはなんかちょっと腹が立つから、うーん、ハッピーエンドじゃなくて、えーっと、

ハッピースタート?