×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



「お」
「あ」
「ちょうどよかった、そろそろ返事……」
「ごめん! 今忙しいから!」

 目が合った瞬間「やばい」という顔をされ逃げられた。これで通算五回目。オレはやれやれと肩を竦める。今忙しい、って、今日は防衛任務入ってないの知ってんだからな。何の用事があって忙しいんだよ。
 ボーダー本部内の廊下で偶然出くわした彼女は、オレの同級生兼想い人だ。同じボーダー隊員でもある彼女とは仲が良く、ほぼ毎日顔を合わせては他愛ない会話ができる間柄だった。オレが二週間ほど前、彼女に告白するまでは。
 オレだって考えなしに告白したわけではない。友だちから恋人になるのはかなりハードルが高く、もし上手くいかなかった場合、元の関係に戻れないかもしれないという恐怖もある。それでも告白しようと決心したのは、脈アリだという自信があったからだ。
 彼女の性格上、その場で素直に「私も」と返事をするのは恥ずかしくて無理だろう。だから「考えさせて!」と言い残して逃げられたのは、まあ、想定内。しかし、顔を合わせるたびにあからさまに避けられ続け、どうにかこうにか声をかけてもご覧の有り様になるとまでは思っていなかった。
 脈アリだと思っていただけに、そこまで逃げるか? 返事決まってねーの? という気持ちは日に日に大きくなっていき、ここ数日は追いかけ回す気力もなくなってきている。いっそのこと向こうから声をかけてくるまで動かずにいた方がいいかもしれない。押して駄目なら引いてみろ、というのは古い戦法だろうが、今のオレには試してみる以外の選択肢がなかった。
 そしてそれから一週間。彼女からのアクションは何もなし。脈アリなんてのは、どこの誰の見解だったのだろう。弾バカには「まだ付き合ってねーの?」と笑われるし、緑川にまで「焦れったいなあ」などと文句を言われたが、オレのせいじゃねーだろ、この状況になってんのは。
 そうこうしているうちにオレが告白してから一ヶ月が経とうとしていた。ボーダー本部だけでなく学校でも距離を置かれ、悲しいことにその状況に慣れつつある自分がいる。このままうやむやにされて、オレの告白はなかったことにされてしまうのだろうか。人の気持ちを無碍にするようなヤツじゃないとは思うのだが、こうも音沙汰がない(どころか避けられまくっている)と嫌なことを考えてしまう。
 それでも、オレの気持ちはどうにもならなかった。好きなものは好き。返事をもらえるまでは諦めない。なんなら「ごめんなさい」と告白を断られても勝手に好きなままかもしれない。それぐらい、彼女に惹かれている。堕ちている。
 理由なんかわからない。ただ、話が合うとか、笑った顔が好みとか、揶揄った時の反応が可愛いとか、美味そうに飯を食うところがいいとか、攻撃手として陰ながら努力しているのを知っているから一緒に高め合いたいとか、そういうことの積み重ねだ。

「イレギュラーゲートが発生したらしい。行けるか?」
「そりゃ勿論」

 雑念まみれのオレに声をかけてきたのは秀次だった。今日は防衛任務の担当ではなかったが、イレギュラーゲートが発生したとなれば出動しないわけにはいかない。オレは秀次とともにネイバーが出没しているらしい場所へと急いだ。
 現着すると、そこには弧月を構えた彼女の姿があった。近くに他の隊員の姿はない。ネイバーはそれほど強いわけではなさそうだったが、図体がデカく数もそこそこ多いので、一人で相手をするのは少々きついだろう。秀次は既に近くのネイバーと交戦中。オレも槍を構えて彼女の助太刀に入った。

「米屋、今日防衛任務の担当じゃなかったでしょ」
「この状況でそんなこと言ってらんないじゃん?」
「……ありがと」
「ありがとついでに、これ片付けたらそろそろ返事聞かせてくんねーかなーなんて」
「な、何言って、」
「みょうじ!」

 ネイバーとの交戦中に話す内容ではなかったと後悔したところでもう遅い。オレの発言に動揺しネイバーからの攻撃に対する反応が遅れた彼女は、右肩に傷を負ってしまった。幸いにも即ベイルアウトするような致命傷ではなかったが、トリオンは漏出し続けている。
 さっさとここにいるネイバー共を片付けてしまわねば。オレは槍を持ち直すと一匹ずつ倒しにかかった。それから秀次や彼女と連携しつつネイバーを仕留めている間にちらほら応援の隊員が到着し始めたので、ネイバーの殲滅は問題なく終わりそうだ。
 戦況を確認したオレは、彼女の手を引いて建物の陰に隠れた。突然身体を引っ張られた彼女は「何!?」と驚きを露わにしている。まあ当然といえば当然の反応だ。

「まだベイルアウトはしないよな?」
「ちょっと、まさかさっきの話の続きしようとしてる?」

 ニィッと笑ったオレに嫌な予感がしたのか、彼女が「ベイルアウト」と言いかけたところで「まあ待てって」と声をかける。彼女は怪訝そうにオレを見ているが、ベイルアウトは踏みとどまってくれたようだ。

「みょうじがオレのこと好きって自信もって言えるようになるまで待つことにしたから。ごゆっくりどーぞ」
「な、なにそれ……」

 彼女はオレから顔を逸らし何かもごもご言っているが聞き取れない。脈アリだと思っていたのは気のせいかも、と諦めかけていたが、今の反応を見る限りオレの見解に間違いはなかったようだ。トリオン体じゃなかったら顔を真っ赤にして体温を上げていること間違いなしの様子に、オレの笑みは深くなる。
 あえて「オレのこと好きだろお前」という前提条件を突きつけて「いつまででも待ちますよ」と懐の広い男を演出してみたのだが、この作戦は成功とみていいだろう。まあこれで返事をもらえるのはいつになるかわからなくなったわけだが、それはもう彼女の気持ちが固まるまで気長に待つしかない。

「い、一生待つことになるかもよ!」
「オレこう見えて意外と一途だからご心配なく」
「……ばかじゃないの」

 うるさかった戦闘音がちょうど聞こえなくなって、彼女の小さな呟きも聞き取れるようになった。どうやらネイバーの殲滅が終わったようだ。ということは、そろそろ秀次がオレを探し始める頃か。残念だがここらへんで離れなければならない。
 オレはずっと掴んだままだった彼女の手を離して「じゃあまたな」と言いかけた。しかしオレが口を開く前に、彼女がぼそりと言葉を落とす。オレがずっと欲していた、とてもとても大切な言葉を。

「もう私が米屋のこと好きだってわかってんでしょ」
「え、それって、」
「ベイルアウト」

 聞き返す前にベイルアウトしてしまった彼女は、オレの隣から姿を消した。なんだよ。いつまででも待ってるって言った矢先にそんなこと言ってくれちゃって。ほんと、天の邪鬼だよなあ。
 ほぼ返事、みたいなものだが、まだ足りない。それでも嬉しさは堪えきれていなかったようで、オレは随分ニヤニヤしてしまっていたらしい。後から合流した秀次に眉を顰められた。「戦闘中に何があったんだ?」とでも思っているのだろう。でもこれはさすがに言えねぇよなあ。
 ボーダー本部に帰りながら考える。これからどうしようか、と。でもまあまず、

「言い逃げは卑怯じゃん?」

 さてと。いつまでも待つって言った矢先だけど、これはもう追いかけてこいって意味でいいよな? 今日からまた鬼ごっこを始めようか。

鬼ごっこからデートにしようよ