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 もともとそんなに病弱ってわけじゃない。むしろそこらへんを歩いている女の子よりは断然体力がある方だと思う。それでもやっぱり時々体調を崩すことはあるし、明らかに身体的な異常がなくてもメンタルがやられていたらなんとなく不調を感じることがあるわけで。今の私は、まさにその「なんとなく不調」な状態だった。
 女の子特有の月一回訪れるアレは終わったばかり。だから通常なら状態は上向くはずなのだけれど、今回はどうも調子が悪いままだ。何がどう悪いのか、と訊かれたら答えられない。しかし、明らかに本調子ではない。ただ疲れが溜まっているだけだろうけれど、こんなに気分が上がらないのは我ながら珍しいと思う。
 そんな状態でも、私はボーダー本部に足を運ぶ。私はオペレーターかつ特定の隊に所属していないから、正直なところ体調が悪いなら無理をしてまで仕事をする必要はない。ついでに言うなら、私は別にオペレーターの仕事が死ぬほど好きってわけでもないのであった。
 それならばどうしてボーダー本部に向かっているのか。理由はひとつ。大好きな彼に会えたらいいなという、単純な下心があるからだ。

「おー、なまえじゃん。今来たとこ?」

 噂をすればなんとやら。私の正面から歩いてきたのは、私が会いたいと思っていた人物だった。彼、米屋陽介は、いつもの笑顔を私に傾けてくれている。それだけで心が少し浄化されたような気分になるのだから、恋とは素晴らしい。
 彼の隣にいる出水くんのこともきちんと認識はしているけれど、申し訳ないことに霞んで見える。ごめんね、出水くん。でもこれは仕方がないのだ。恋は盲目ってやつだから。

「うん。陽介たちは?」
「オレらはさっき個人戦終わったとこなんだけど……」

 と、そこで不自然に言葉が途切れた。どうしたのだろうかと首を傾げる私。すると彼が急に、ずいっと顔を近付けてきたものだから堪らない。
 唇同士がぶつかる一歩手前で止まってくれたものの、その距離はどう考えても近すぎて心臓が警鐘を鳴らしていた。明らかに友だちの距離感をはみ出している。「出水くんがいるのに!」と心の中で叫びながらも声を発する余裕がない私は、ぱっと俯いて逃げるのが精一杯だ。

「なあ、悪いけど先行っててくんね?」
「はいはい」

 飛び跳ねている心臓を必死に鎮めようとしている私の頭上で、彼と出水くんの会話が繰り広げられている。出水くんは空気が読める男なので彼の一言ですんなりと状況を把握してくれたらしく、足早に去って行った。状況を把握しいることができていない私を残して。
 ボーダー本部のこの廊下にいるのは、現時点で私と彼の二人だけ。しかし、いつ誰がここを通るかわからない。彼もそのことは重々承知のようで「とりあえずこっち」と私の手を引いて歩き出した。
 そして連れて来られたのは三輪隊の作戦室。勝手にお邪魔したらまずいのでは……と躊躇っていると、彼は「他の隊員は今日来る予定じゃないから」と本当か嘘かわからないことを言って、なかば強引に私を椅子に座らせた。そしてまたまじまじと私の顔を覗き込んできたのである。
 先ほどからずっと、それまでとは別の意味で体調を崩してしまいそうなほど心臓が喧しい。いくら付き合ってるからって、キスもハグもそれ以上も経験したからって、好きな人の顔が目の前にあったらどうやったってドキドキしてしまうものだ。

「な、なにっ」
「体調悪い?」
「え」
「はい正解。顔見りゃすぐわかるって」

 両手で私の両頬をむにゅりと押し潰した彼は「ブサイク」とケラケラ笑う。なんともひどい彼氏だ。しかし、今日出会った人たちは誰も私の体調が優れないことに気づかなかった(指摘してこなかった)からそんなにわかりやすくげっそりしていたわけではないはずなのに、彼は私の顔を見た一瞬だけで見抜いてしまったということになるのか。恐ろしい観察眼である。
 何度も言うように、めちゃくちゃ体調が悪いってわけじゃない。熱があるわけでもなければ咳や鼻水が出るわけでもないし、色んなことでミスしまくって落ち込んでいるということもない。けど、元気がないのは事実で。私は彼の「どした?」という優しい音色に、うっかり泣きそうになってしまった。情緒不安定な証拠である。

「何かあったってわけじゃないの」
「そっか」
「でもなんか、元気出なくて」
「あるよなー。そういうこと」
「陽介にもある?」
「なまえに会えない期間が長引いたら普通にヘコんでるけど」

 思わぬカミングアウトに、顔が熱くなる。彼はちっとも恥ずかしくなさそうだけれど、これって惚気じゃないだろうか。
 身体がどんどん熱くなっていくのを感じていたら、私の目の前にしゃがんでいた彼が「ん」と両手を広げた。突然の行動に何が何だかわからず戸惑う私に、彼はにんまりと笑う。

「元気チャージしとく?」

 なんだそういうことか、と妙に冷静な気持ちで理解する。ベタで古典的で科学的根拠がなさそうな元気チャージの方法だけれど、そういうのが一番効果的なのかもしれない。ハグには癒し効果があるって聞いたことがあるし、あながち間違いではないのだろう。
 まあそういう難しい話は抜きにして。私は勢いよく彼の胸にダイブした。ちょっと勢いがよすぎたようで彼は尻もちをついてしまったけれど、私の身体はしっかりホールドしてくれている。

「陽介あったかい」
「換装体じゃないんで」
「そういう意味じゃなくて」
「わかってるって。冗談」

 彼の腰に手を回してぎゅっと引っ付く。すると私の背中に回されていた彼の手の力が少し強くなって、密着度が増した。今ここで誰かが入ってきたらどうしよう、と少し思ったけれど、今更かと諦めることにする。今日は誰も来る予定がないと言っていた彼の言葉を信じようではないか。
 彼の体温をわけてもらった分だけ、自分のHPが回復していくのを感じる。こんなに単純な作りになっている自分が情けないやらおめでたいやら。でもまあ、幸せだなあと思う。

「ありがと。元気になった気がする」
「もう? 早くね?」
「十分です」
「オレはまだ足りねぇんだけどなあ」

 ニヤリと上がる口角。この表情を浮かべる時の彼はろくなことを考えていないから咄嗟に身構えたけれど、時すでに遅し。彼の素早い動きによって、私の唇は一瞬で奪われてしまったのだった。
 ちょっと触れただけなのに、落ち着きかけていた身体の熱が一気に蘇る。何回もしていることだろうと言われても、何回やっても慣れない。彼はいつも照れることなくやってのけるからそれがまた余計に悔しさを募らせるのだけれど、条件反射のように身体が反応してしまうのはどうしようもなかった。
 わざとらしく「ごちそうさまでした」と言ってくる彼に仕返ししてやりたくて、今日はいつもと違ってこちらからぐいっと胸ぐらを掴んで唇をぶつけてみる。どうせ私の顔はもう真っ赤だし、これ以上恥ずかしがることなんてない。そう、これはヤケクソってやつだ。

「これで元気チャージできたでしょ!」
「……やべぇ、元気になりすぎたかも」
「は?」

 珍しくフリーズしていた彼が項垂れたと思ったら、何やら不穏な一言をこぼしてゆらりと立ち上がった。私の腕を取って「帰るぞ」と言ってくる声のトーンは落ち着きすぎていていっそ怖い。しかも私、今来たところだし。まだ何も仕事終わってないし。
 そう伝えているのに腕を離してくれない彼が、私に満面の笑みを向けて一言。「オレのこと元気にさせすぎた責任は取ってもらわねぇと」って。どう考えてもめちゃくちゃ理不尽だ。けれども私はその理不尽に逆らえなくて、仕事はまあ明日でもいいかって、体調不良とともにぽいっと投げ捨てた。
 彼がいてくれたら、私はいつでも絶好調みたいです。

愛に勝る薬なし