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「だーかーらー、みょうじは射手むいてねーって」
「違うー! 出水の教え方が下手なの!」
「いやいや、おれの教え方でダメなら他に教えられるヤツいねーと思うけど」

 彼の言うことはごもっともだった。そもそも私は彼の教え方が下手だなんて、本当は微塵も思っていない。けど、射手にむいてない、と言われたら腹が立って、つい突っかかってしまったのだ。
 教えてもらっている身分で師匠に対して文句を言うなんて言語道断。「そんなこと言うならもう教えてやんねーからな!」と匙を投げられても仕方がない状況である。にもかかわらず、彼は怒ることなく「どーしたもんかなあ」と頭を掻きながら今後のことを考えてくれていた。私は彼のそういう優しさに甘えている。

 ボーダーに入って初めて間近で見たのが彼の戦闘だった。まだボーダーに入りたてで何もできない私の前に降り立った彼は、無数の光る立方体を操りあっという間にネイバーを撃破。そして「大丈夫か?」と私に手を差し伸べてきたのだった。同い年とは思えない堂々とした余裕のある戦い方。あの時の光景を、私は一生忘れないだろう。
 私は彼ほどトリオン量が多くないし器用でもない。だから射手にむいていないのは最初から薄々わかっていた。けれども、それでもどうしても射手として戦えるようになりたいと思っているのは、他でもない彼に憧れているから。そしてあの時から、彼に惹かれ続けているからだと思う。
 射手を目指しているからノウハウを教えてほしいとお願いしたら「別にいいけど」とあっさり了承してもらえた。それからは時間の合う時に戦い方を教えてもらっているのだけれど、私は自分が思っていた以上に不器用で頭が悪いらしく、上手にトリオンキューブを散らすことができない。彼いわく「銃手の方がむいてる」らしいのだけれど、私は射手として頑張りたいと言って彼を困らせ続けている。
 私だってわかっているのだ。自分の性格的に射手より銃手の方がむいているって。でも、もし銃手に転向したら、もう彼から教えてもらうことはできなくなってしまう。それは嫌だ。……なんて言っていられるのも、そろそろ限界だよなあと思う。
 彼に憧れている。惹かれている。だから彼みたいに戦えるようになりたいし、彼にもそんな自分を認めてもらいたい。そして願わくば、一緒に戦えるようになりたい。そう思って頑張ってきたけれど、頑張ってもできないことはある。彼に教えを乞うてから早三ヶ月。これ以上彼を困らせてはいけないと、私の中の良心が叫んでいた。

「そうだよね。出水の言う通りだと思う」
「え?」
「これだけ教えてもらっても上達しないんだからいい加減諦めた方がいいよね。ごめん、ずっと無駄なことに付き合わせちゃって」
「は? 無駄って何?」

 いつも温厚な彼の怒気を含ませた声を初めて聞いた私は、思わずびくりとしてしまった。なんとなく目が合わせづらくて俯いていたから気付かなかったけれど、少し顔を上向かせた先にある彼の顔は明らかに苛立っている。これはもしかしなくても彼を怒らせてしまった? でもなんで? 私は何も間違ったことは言っていないと思うのだけれど。
 てっきり「おーおー、やっとわかったか。じゃあこれからは銃手として頑張れよ」とでも言われてこの話は終わりになると思っていたのに、どうしてこんなことに。私は彼のただならぬ怒りのオーラに耐えられず、再び俯く。

「本気で射手になりたいと思ってたんじゃねーのかよ」
「思ってたよ! 思ってたけど……頑張っても全然成長しないし、私射手にむいてないみたいだし、これ以上は出水に迷惑かけられないじゃん……」
「おれ、迷惑だって言ったことある?」
「そ、れは、ない、けど……」
「射手むいてないって言ったのはおれが悪かった。ごめん。でも、おれにむいてないって言われたからって諦めんの?」
「だって……、」

 だってこれ以上困らせたくないんだもん。一緒にいたいとか、一緒に戦えるようになりたいとか、そういうよこしまな下心より、罪悪感の方が大きくなってしまった。
 確かに最初は純粋な憧れから始まったはずなのだけれど、今はもう、ただ彼と一緒にいたい気持ちの方が大きくなっている。こんな私に射手を目指す権利はない。そして泣く権利もない、のに。
 肩が震える。声が続かない。自分に才能がないことが悔しい。努力してもどうにもならないことがつらい。でも今一番苦しいのは、憧れと恋情をごちゃ混ぜにして彼にまっすぐ向き合えないことだ。
 何も知らない彼は、怒りを鎮めていつもの優しさを露わにする。「ごめん、言いすぎた」って、何も間違ったことなど言っていないのに謝ってきて、私の肩をポンポンと叩く。嫌になるほど柔らかな力で。
 だから私は絆されて吐露してしまう。汚い感情も隠していた気持ちも全部。

「違うの、出水は何も悪くないの、私がただ出水と一緒にいたくて我儘言ってただけで……射手になりたいって気持ちが嘘だったわけじゃないけど、それも出水みたいになりたかったからだし、だから、えっと、あれ、私何が言いたかったんだっけ、」

 言いたいことも言わなければならないこともありすぎて、順番がぐちゃぐちゃになってしまったせいで何が言いたいのか自分でもわからなくなってしまった。私がこんな状態なのだから言われている方はもっと意味がわからないようで、出水は目をパチパチさせて反応に困っている。
 今のうちに話をまとめられたらいいのだけれど、なんせ私は頭が悪い。だから私が一生懸命話をまとめようとしている間に、私より頭の回転が早い彼の方が答えに行き着いてしまった。

「つまりみょうじはおれに憧れて射手目指してたってこと?」
「まあ……」
「で、ついでにおれのこと好きになっちゃった、とか?」
「そこまでは言ってない!」
「え。違うの?」
「ちがっ……う、とは、言えないかもしれないけど!」
「どっちだよ」

 好き、というストレートな単語を出されると全力で否定したくなるけれど、でも、残念ながら私はたぶん彼のことが好きだから否定しきれない。どうしてこうなった。私が射手として頑張り続けるか諦めるかって話をしていたはずなのに。
 私がむむむ、と難しい顔をしていたら、なんだかすごく楽しそうな顔の彼と目が合った。咄嗟に逸らす。けれど、これじゃあ彼のことを好きだと認めているのと同じだと気付いて、慌ててまた目を合わせた。……う、恥ずかしい。やっぱり無理。私は再び視線を宙に彷徨わせる。

「まあ先に射手として頑張るかどうかって話するか」
「う、うん……」
「ぶっちゃけ、むいてるかむいてないかで言ったらむいてないと思う」
「わかってるよ……」
「でも、成長してないとは思わねーよ」
「え?」
「ちゃんと弾道も修正できるようになってきたし、動き自体も素早くはなってる。実戦で使えるようになるまではまだ時間かかりそうだけどな。この三ヶ月は無駄じゃない……とおれは思ってる」
「ほんと?」
「ほんと」
「射手、諦めなくてもいい?」
「みょうじの頑張り次第じゃねーの」

 彼にまともに成長を褒めてもらえたことがなかった私は、嬉しすぎて踊りだしそうになるのを堪えて「頑張る!」という言葉を吐き出すだけにとどめた。なんだ。私、ちゃんと成長してるんじゃないか。
 うきうき。今後の見通しが明るくなってきて浮き足立っていた私を、彼は一言で一気に突き落とす。いや、この場合は突き上げる? とにかく、私の情緒を乱したことは間違いない。

「で、おれのこと好きなの?」

 私だって忘れていたわけではない。けれど、できたらスルーしてほしいと思っていた話題。それをきっちり確認してくるあたり、彼はやっぱり賢い。
 認めたくない。けど、否定もしたくない。なんとも我儘すぎる自分に反吐が出る。しかし彼は返事をしない私を見て「まあいーや」と言って笑うだけだった。
 ほぼ間違いなく私の感情は筒抜けだと思うのだけれど、彼は迷惑だと言わないどころか嬉しそうに見えて、勝手に期待してしまう。このままこの気持ちを捨てずに育んでもいいのかなって。いつか胸を張って正面から伝えられるようになるまで待っていてくれるのかなって。

「射手として一人前になった時にまた同じこと訊くからな」
「訊いてくれるんだ」
「悪いか!」
「ううん。出水の気が変わらないうちに一人前になれるように頑張る」
「よーし。言ったな?」

 やっぱり嬉しそうな彼は、はりきって訓練を再開した。無数のトリオンキューブがキラキラ、今日も彼は眩しい。

立方体は弾ける運命