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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -



 俺何かしたっけ? と何度思ったことか。女の子とは極力接触を避けているはずなのに、ある日突然一人の女の子に付き纏われるようになった。もしかしたらどこかで挨拶をしたことぐらいはあるかもしれないが、それ以上のことは絶対にしていない自信がある。それなのに彼女は、毎日かかさず俺に会いに来るのだ。それも、目を輝かせて。
 ひゃみさん以外の女の子とはまともに話せない俺が、彼女と会話をするなんて勿論不可能。最初は話しかけられても、目を合わせることも挨拶を交わすこともできなかった。しかし日にちの経過とともに、なんとか挨拶や会話はできるようになった。慣れというのは恐ろしいものである。
 それでもやっぱり目を合わせることはできないままだし、条件反射で逃げてしまうのは変わらないまま。そんな矢先、毎日かかさず俺の前に現れていた彼女が現れなかった日が一日だけあった。
 ほっとしなければならないはずなのになぜかそわそわして、彼女のことばかり考えてボーッとしていたら犬飼先輩に「今日元気ない?」と指摘されてしまうし、彼女のせいで俺はずっと調子が狂いっぱなし。
 たった一日顔を見なかっただけなのに、彼女の顔を見たら安心してしまって、逃げることを忘れていた。そうしたら急に「好きだ」と言われて当然のように逃げ出したのだが、それからというもの俺は今まで以上に彼女との接し方がわからなくなっている。

「辻ちゃんさあ」
「なんですか」
「ぶっちゃけみょうじちゃんのことどう思ってんの?」
「は?」

 防衛任務を終え、いつも通り帰り支度をしていた俺に、犬飼先輩は何の脈絡もなく彼女の話題をぶつけてきた。犬飼先輩と彼女は親しい、と思う。時々話をしている姿を見かけるし、遠目でも仲良さそうな雰囲気が窺えるから。
 犬飼先輩はどうして俺にそんなことを訊いてくるのだろう。もしかして彼女のことが好きとか? だとしたら非常に気まずい。

「あ。言っとくけど、おれがみょうじちゃんのこと好きだから探り入れてるとかじゃないよ」
「そうなんですか?」
「これでも二人の恋路を応援してるんだってば。ほら、キューピッドってやつ」
「なっ、」
「みょうじちゃんから告白されたんじゃないの?」

 確信を持った口振りからして、犬飼先輩は彼女から俺に告白したことを聞いたのだろう。だとすれば、俺が誤魔化しても意味はない。もっとも、犬飼先輩を相手に上手く誤魔化せるような話術は持ち合わせていないのだが。

「さすがに返事してあげないとさ」
「それは……わかってるんですけど」
「辻ちゃん真面目だもんねぇ、悩んじゃうよねぇ」
「好きって気持ちがよくわからなくて」
「難しく考えなくていいんじゃない? 辻ちゃんはみょうじちゃんに好かれて嬉しいのか嬉しくないのか、一緒にいたいと思うか思わないか、どっち?」

 犬飼先輩は至極簡単な質問を投げかけている風だが、俺にとっては超難問である。それが明確にわかっていたら苦労はしていないのだ。
 普通の人なら簡単に答えを導き出せるのかもしれない。しかし、もともと女の子が苦手な俺には「好き」の選択肢が存在していないのだと思う。だからわからなくて困っている。好かれて嬉しくないことはないが、嬉しいと即答もできない。一緒にいたいかどうかなんて、それこそ判断できなかった。
 でも、と。たった一日だけ会えなかった日のことを思い出す。俺はあの日、彼女のことばかり考えていた。何かあったのだろうか。もしかしてネイバーに襲われて怪我をしたのかもしれない。それとも何か重要な任務を任されているのだろうか。考えてもわかるわけがないのに、気付いたら彼女のことで頭がいっぱいになっていた。
 彼女に好かれて嬉しいか嬉しくないか、一緒にいたいと思うか否か。それは正直わからない。しかし、彼女に会えなかったら落ち着かないというか集中できないというか調子が出ないというか、ちょっと、寂しい、というか。果たして答えになるのかはわからないが、今の俺にはこの答えが精一杯だ。

「今日会ったら、返事します」
「会いに行っちゃえばいいのに」
「俺からですか?」
「返事がどうであれ、辻ちゃんに会いに来てもらえたらみょうじちゃんめちゃくちゃ喜ぶと思うよ」
「そう……ですかね」

 犬飼先輩は時々変な冗談やわかりにくい嘘を吐くことがある。しかし今回はそういった類いのものではなく、本気で俺の背中を押してくれているようだった。
 いつもなら犬飼先輩と一緒に帰路につくのだが、今日は先に作戦室を出て彼女を探す。彼女はフリーの隊員だから特定の作戦室にこもっていることはほぼ有り得ない。となれば、個人戦のブースか食堂にいる線が濃厚だろうか。俺は足早に廊下を歩く。
 毎日会いに来る彼女は当然のように俺のことを見つけてくれていたが、それって凄いことだったんじゃないだろうか。広いボーダー本部内で、いつどこで何をしているかもわからない俺を探すのだ。いくら二宮隊に所属していることがわかっているとしてもいつも作戦室にいるとは限らないわけだし、今更になって彼女の行動の凄さを思い知る。
 俺に彼女を見つけることはできるだろうか。いつの間にか早足から駆け足になっていて、漸く食堂の一角で彼女の姿を見つけた時には軽く息が弾んでいた。あんなに毎日訓練しているのだからそう簡単に呼吸が乱れることはないはずなのに。こんなことなら換装体のままで探せば良かった。
 彼女はまだ俺のことに気付いていなくて、目が合うことはない。食堂にいる人はまばらで、知り合いはいそうになかった。ふう。俺は息を整えて彼女に近付く。
 いつも声をかけてきてくれる彼女のようにナチュラルに……というのは俺のポテンシャル的に考えてどうやっても無理だが、せめて彼女に気付かれる前に自分から名前を呼びたい。どくどくと心臓を跳ねさせながら歩みを進める。人生初の経験だ。

「みょうじさん、」
「はーい……えっ!? 辻くん!?」
「ごめん、あの、話が、あって」
「びっくりしたぁ……辻くんから声かけてくれたの初めてだよね?」
「うん」

 意を決して声をかけたくせに目を合わせることはできなくてキョロキョロしたまま。しかし彼女の声はいつもより心なしか嬉しそうな音色を奏でている。犬飼先輩の言った通り、俺から会いに来たことが嬉しかったのかもしれない。

「実は、その、この前の……返事、しようと思って」
「この前のって……告白のこと?」
「うん」
「わざわざ返事するために私のこと探してくれたの?」

 もしかしてわざわざ探してまで返事するのっておかしいのか? そこまでかしこまって返事されたら迷惑とか?
 彼女の問いかけを聞いて、全身から一気に汗が噴き出す。

「ご、ごめん……」
「なんで謝るの? 嬉しい」
「嬉しい?」
「だって辻くん、それだけ真剣に私のこと考えてくれたってことでしょ? どんな返事だとしても嬉しいよ」

 そこで初めて、俺は顔を上げた。彼女と視線が合う。事故的に一瞬だけその顔を見たことはあるが、何秒も見つめ合ったのは当然初めてだ。不思議と恥ずかしさは感じない。
 みょうじさんってこんなに可愛かったんだ、って初めて認識する。女の子のことをまじまじと見つめて「可愛いな」って思える日がくるとは思わなかった。これは俺にとって歴史的快挙だ。
 いつもなら俺から視線を逸らすのに、今日は彼女の方が慌て視線を逸らした。耳が赤い。もしかして照れているのだろうか。彼女でも照れることがあるのかという驚きとともに、別の感情が膨らんでいく。

「好きとかそういうのは、正直よくわからないんだけど」
「うん」
「みょうじさんがいなくなったら、寂しいなって思う」
「……うん」
「あと、これは今思ったことなんだけど」
「うん」
「みょうじさんって可愛いね」
「えっ!」
「あっ、えっ、ごめん、つい……!」

 自分で自分の言ったことを振り返って急に恥ずかしさが込み上げてきて、それまでの妙な冷静な気持ちはどこへやら。照れた様子で俯いていたはずなのに勢いよく顔を上げた彼女とは逆に、俺はいつも通り視線を逸らして逃げ出そうとした。
 しかし、その足が動く前に考える。ここで逃げて良いのか、と。今まで通りで良いのか、と。そして俺は自問自答の末、その場に踏みとどまった。

「辻くん」
「何?」
「私やっぱり辻くんのこと好きだなあって思ったよ」
「……ありがとう」
「一緒に帰りたいって言ったら困る?」

 正直困る。めちゃくちゃ困る。が、俺の口は「困る」とは言ってくれなくて、どういうわけか「困らないよ」と天邪鬼な返答をしていた。
 慌てて前言撤回しようとしたが、彼女のこの上なく嬉しそうな「本当!?」という声が聞こえてきてしまったら何も言えなくて。ぎくしゃくしている俺と、いつも通り明るく元気いっぱいな彼女が並んで歩くという不思議な構図が出来上がってしまった。
 帰り道の会話の内容はよく覚えていない。ただ、時々盗み見た彼女の横顔を、俺はやっぱり可愛いなあと思っていた。それだけは記憶に残っている。

らぶ既遂