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 好みのタイプは? 彼女にするならどんな女の子が理想? 女の子とデートに行くならどこ? これらはボーダー関連の取材を受けるたびにほぼ必ずと言っていいほど投げかけられる質問の一例だ。
 ボーダーとは全く関係のない、俺個人の情報を聞き出しても意味がないはずなのに、取材相手は皆が口を揃えて言う。「嵐山くんのことを知りたい女の子が沢山いるから教えてほしい」と。
 ボーダーでの仕事内容やタイムスケジュール、組織形態であればいくらでも教えられる。俺個人のことだとしても、例えばボーダーに入ろうと思ったキッカケとか、ボーダーで普段どんなことをしているのかとか、ボーダーに関することなら答えられるだろう。百歩譲って、プライベートの時間には何をしているかとか、何時に起きて何時に寝るかとか、一般的なことなら答えられると思う。
 しかしどういうわけか、取材相手は俺が最も不得意とする恋愛を絡めた質問をしてくるのだ。好みのタイプなんて考えたこともない。しいて言うなら、好きになった女の子がタイプだ。そう答えたら「さすが嵐山くん、優等生の答えだなあ」と言われた。
 優等生の答えとは何だろう。俺は自分のことを優等生だと思ったことは一度もないが、周りからの評価は「優等生」らしい。それは褒め言葉なのかもしれないが、俺にとっては少しばかり窮屈な響きだった。
 とはいえ、俺は毎日、忙しくも充実した時間を過ごすことができていると思う。ボーダーの隊員たちとも上手くやれている(と思っている)し、大学の講義も学びが多くて楽しい。だから俺は、現状以上の何かを求めてはいなかったのだ。彼女に出会うまでは。

 ある時から突然、誰かからの視線を感じるようになった。最初は荒手の取材記者かと思い見つけたらすぐにでも声をかけようと思っていたのだが、視線の主が同年代ぐらいの女の子だと気付いてからは気にしないようにしていた。
 声をかけてくることもなく、何かしら危害を加えてくることもなく、ただ見ているだけ。家にまでついてきたらストーカーの類いを疑うが、ボーダー本部や大学で時々見られている程度だからそこまでではないのだろうと判断し、様子を見ること一週間。さすがにこのままだと気になって仕方がないので、俺は思い切って女の子に声をかけた。それが始まり。
 少し挙動不審だったが、一目見て悪い子ではないとわかった。何より、女の子を見て「可愛いな」と感じたのは初めてのことで、そんな女の子に「ファンです」と言われた俺は、わりとわかりやすく浮かれていたと思う。
 後からそのことを彼女に暴露したら「浮かれてたなんて全然わからなかったけど」と言われたから、どうにか毅然とした態度を取ることができていたのだろう。だらしない姿を見せずに済んで良かったと俺がこっそり胸を撫で下ろしていたことを、彼女は知らない。
 初めて会話を交わしてから、それまで以上に話す機会が増えるだろうと胸を躍らせていた俺の予想に反して、それ以降全く接点がなくなった時には、人知れずヘコんだ。時々姿を見かけることはあったが、彼女はいつもまるで俺から逃げるみたいに遠ざかって行くから、もしかして初対面で何かやらかしてしまって嫌われたのだろうかと悩んだりもした。
 結果的にそれは杞憂に終わった。その上、俺はぽろりと本音をこぼすという失態をおかしてしまったのだが彼女に拒絶されることなく、むしろ受け入れられるという最高な展開になったのである。

 しかし、だ。そこからがまた難しいところで、俺は彼女との付き合い方について頭を悩ませていた。
 俺は彼女に「気になっている」「一目惚れだったのかもしれない」と伝えた。しかし明確に「好きだ」「俺の彼女になってほしい」とまでは言っていない。にもかかわらず「独占欲が強いから束縛してしまうかもしれない」といったニュアンスのことを言ってしまったのである。なんと自己中心的な発言だろう。それこそ、彼女に嫌われてしまってもおかしくない。
 幸いにも彼女はあの日以降も俺を避けることなく普通に接してくれているが、内心ではどう思っているのか不安でならなかった。今まで通りボーダーの仕事はこなしている(つもりだ)が、正直なところ、このまま彼女のことで思い悩み続けたままだと、いつか重大なミスをしてしまいそうで怖いと思っている。

「嵐山くん、どうかした?」
「え?」
「最近よく考え事してるよね」

 夜の七時過ぎ、夜道を並んで歩く彼女の声で我に帰った俺は「そうかな」と言葉を濁した。「君のことで悩んでいるんだ」と暴露する勇気はなかったのだ。
 彼女がボーダー本部から帰る時間が遅くなる時は、可能な限り家まで送り届けるようにしている。というか、そうさせてほしいと俺が彼女に頼んだ。夜に女の子を一人で帰らせるのは危ないから、というもっともらしい理由の裏に、俺が彼女と二人で過ごす時間を確保したいから、という本音を隠していることに、彼女は気付いていないと思う。
 当初は「嵐山さん」と呼び敬語で話していた彼女だが、同い年なら敬語にする必要はないだろうと言ったら「嵐山くん」呼びに変わりタメ口になった。その小さな変化に、俺は喜びを感じている。

「仕事忙しいんじゃないの? 私は大丈夫だから、無理に送ってくれなくても……」
「俺が送りたくて送ってるんだ。負担だなんて思ったことは一度もない」
「……そういうこと言われると、期待、したくなるから、やめて」

 快活な彼女らしくない弱々しい声に、驚きと戸惑いのあまり足が止まる。俺より一歩半ぐらい先に進んで止まった彼女は少し俯いていて、自分の表情を見せまいとしているようだった。
 期待したくなる? どんな? ……それがわからないほど鈍感ではないつもりだ。一歩半の距離を大股の一歩で埋める。ずいっと近付くと彼女はますます身を縮こまらせて、さらに深く俯いてしまった。
 しかし俺は怯まない。彼女が俯いている理由は、負の感情によるものではないと信じているからだ。

「期待してくれないとここまでしている意味がない」
「なに、言って、」
「好きなんだ。みょうじのことが」

 彼女がものすごい勢いで顔を上げて、宇宙人に遭遇した時のような、この世のものとは思えないものを目の前にしたような表情で俺を見つめてくる。そのまま、一秒、二秒、三秒経つ前に「え?」という彼女の気が抜けた声。
 まさか、ほんの一ミリも俺からの好意を感じ取っていなかったのだろうか。我ながらかなりわかりやすく他の女の子と差をつけた扱いをしてきたつもりなのだが、どうやらそれでも「特別」とは受け取ってもらえていなかったらしい。だからこそ、この反応なのだ。
 それならば俺が今できることは何だろう。そんなに多くのことはできないが、一番わかりやすくて簡単な好意の示し方を、俺は知っている。

「俺の彼女になってほしい」
「え、いや、それは、え?」
「今すぐに返事をしてくれとは言わない。明日でも明後日でも、来週でも来月でも来年でもいい。いくらでも待つ。俺はそれぐらい、みょうじしか好きになれない自信がある」
「まっ、ちょっ、そんな、あの、嵐山くん落ち着いて……っ」
「俺は落ち着いている」

 努めていつも通りの声音で言うと、彼女は「そうだけど、そうじゃなくて、」とますますワタワタし始めてしまって、そんな姿も可愛いなあと思う。最初からそうだった。彼女はいつでも可愛い。そう思えるのが恋なのだと、じわじわ実感する。
 俺は一応ボーダーの顔として広報活動をしている身だ。だから根付さんに何度も「素行には注意するように」と言われてきた。普通に生活していれば問題視されることはないだろうと思っていたが、もし彼女と付き合えることになったら、それは「素行が悪い」と指摘をされるのだろうか。
 少し考えて、答えはすぐに導き出すことができた。誰かを好きになることが悪いことだとは思えない。だから俺は彼女を大切に想うことをやめる必要はないし、付き合えることになったら堂々と報告する。そう決めた。

「あ、嵐山くん、」
「帰ろうか」
「あの、」
「うん?」
「さっきの、本当に本当?」
「俺が嘘を吐いているように見えたか?」
「……ううん」
「じゃあそういうことだ」

 そうして、今度こそ帰ろうと足を踏み出した直後、腕をぐいっと引っ張られた。彼女に引き止められている。誰も通らない暗い夜道で。月明かりだけがほんのりと照らす二人きりの世界で。

「わっ、私も、好き」
「……本当に?」
「私が嘘を吐いてるように見えた?」
「全然」
「じゃあそういうこ、っ」

 全てを聞く前に彼女を引き寄せてしまったことには、自分でも驚いている。しかし、どうしても近付きたくて堪らなかったのだ。
 胸のあたりに込み上げてくる熱いもの。どくどくと脈打つ心臓が、これが夢ではなく現実だと物語っている。自分の腕の中に好きな人がいるとこんなに満ち足りた気分になるのかと、生まれて初めて知った。

「誰かに見られたら、」
「そうだな、困るな」
「じゃあ、」
「誰にも見られないところなら良いのか?」
「……たぶん?」

 それなら急いで帰ろうか、と。彼女の手を取って歩き出す。例えばこの状況を誰かに見られていたとして。例えば明日、根付さんに「素行が悪い」と注意されるとして。それでも俺は、この手を離せない。
 好みのタイプは? 彼女にするならどんな女の子が理想? 女の子とデートに行くならどこ? 次の取材で訊かれたら、彼女のことを思い浮かべよう。ちっとも迷わずに優等生らしくない答えを返せる自信がある。

ブライト・ムーンライト