×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



 彼は完璧を絵に描いたような人だった。容姿端麗、成績優秀、品行方正。面倒見が良くて物腰柔らか。誰にでも爽やかな笑顔を振り撒いているけれど、そこには一切のいやらしさもない。ボーダー隊員としても優秀で文句なしの実力を兼ね備えているにもかかわらず、その完璧さをひけらかすこともなくてむしろ謙虚。
 そんな彼だからこそ、絶対に裏の顔があると思った。だってこんなに完璧すぎる人間だったら、普通どこかで息抜きしたくなるに決まっている。少しぐらいだらしないところとか、だめなところとか、意地の悪いところとか、兎に角そういうマイナスの部分がひとつぐらいないとおかしいもの。
 そんなわけで、私は密かに彼の動向を探っていた。ストーカーとまではいかずとも、一人になる瞬間をこっそり観察しているのだ。ただ、この一週間の成果はゼロ。彼はなかなかボロを出してくれない。さすが、「表面上は」完璧な男である。
 そうして嵐山准の裏の顔を探るミッション八日目。事件は起きた。捜査対象である彼に私の存在がバレてしまったのだ。なんというミス。どうにかして誤魔化さなければ。

「俺に何か用事かな?」
「いえ! 全然! 全く! これっぽっちも用はありません!」
「この一週間ずっと近くにいたのに?」
「え」
「隠れてたから声をかけない方が良いのかと思ってあえて気付かないフリをしていたんだが……さすがにそろそろ気になって」

 なんということだろう。バレていないと思っていたのに、最初から気付かれていたなんて何たる不覚。これではなかなか誤魔化せない。けれども正直に、あなたの本性が知りたいんです、などと言えるわけもないし、さてどうしようか。
 曇りのない美しすぎる彼の目が、薄汚れているであろう私を射抜く。キラキラオーラが強すぎて浄化されてしまいそうだ。これだから無自覚なイケメンは怖い。

「え、っと、実は、あのー……その、そう、私、嵐山さんのファンで。お近付きになれないかなと思って……ごめんなさい」
「俺の? そうか。照れるな。ありがとう。嬉しいよ」

 普通、一週間もこそこそとストーカー紛いなことをされたら嫌な顔のひとつぐらい見せてもいいはずなのに、彼ときたら眩しいほどの笑顔で私にお礼を言ってきた。これが素なのか。本当に。だとしたら本物の現代に生きる王子様じゃん。
 ぼーっと見惚れている私に、彼は尚も表情を崩さずに会話を続けてくれる。忙しいはずなのに、どんだけ良い人だよ。

「それで、君はボーダー隊員かな? 知らなくて申し訳ない」
「えっ、あ、いや、えーと、ボーダー本部の事務をしているだけで隊員というわけではなくて、」
「そうか。じゃあこれから本部で会うこともあるかもしれないな」
「実は大学も一緒で」
「同い年?」
「たしか」
「それなら今度は俺を見かけたら声をかけてほしいな。俺もそうする。名前、教えてもらっても?」

 その頭には既に忘れてはならないであろうことが沢山詰まっているはずなのに、ただのボーダー本部の事務員である私の名前なんかを記憶するスペースはあるのだろうか。なんだか申し訳ないと思いながらも教えないのも不自然かと思い名前を名乗る。すると彼は呪文のように、みょうじなまえさん……と、何度か私の名前を口にしてから、可愛い名前だね、などと言ってきたではないか。
 なんだこの人。天然タラシか。そうやって何人もの女の子を手玉に取ってきたのか。……知ってる。そんな人じゃないってことぐらい。けれども可愛いなんて言われ慣れていない私は、こんなはずじゃなかったのにころりと彼に心を奪われてしまったのだった。
 彼の裏の顔を探るミッションはこれにて終了。だって、どう頑張ったってこの人の裏をかくことはできない。それを思い知ったからだ。

◇ ◇ ◇


 そんなことがあってからの一ヶ月。私はボーダー本部や大学構内で彼を目撃するたびに、全力で逃げていた。一ヶ月前までは彼を追いかけ回していたくせに逃げているのはなぜかって? そんなの、彼に心を奪われてしまったからに決まっている。
 興味本位で追いかけていた時とは全く違う。明確に、この人素敵、カッコいい、好き、って思ってしまったら、どんな顔をして挨拶をしたら良いのかすらも分からなくなってしまったのだ。こんなことなら裏の顔を知りたいなんて思うんじゃなかった。
 幸いにも、彼は忙しい人だったので私なんかの存在はすっかり忘れてくれているのだろう。こちらが気付かない限り、あちらから声をかけてくることはなかった。それが嬉しくもあり、ちょっぴり悲しくもあるなんて。私は非常に面倒臭い女である。

「ちょっといいかな」
「あ、らし、やま、さん」

 一ヶ月何も起こらなかったから油断していた。いや違う。油断はしていなかったけれど、虚をつかれたのだ。ボーダーでの仕事を終えてからの帰り道。辺りは暗かったし、こんなところに彼が現れるなんて思っていなかったから。

「私、急いでて」
「暗いから送るよ」
「それは!」
「嫌?」
「いや、とか、そういう問題ではなくて……」
「本当は俺のファンなんかじゃないんだろう?」
「え、そんな、なんで……?」
「避けてるから」

 そうだ。彼は私なんかより何倍も聡くて出来る人。だから私が上手に躱せていると思っていたのは、勘違いだったのだ。
 確かに私はファンじゃない。嘘を吐いた。最初はただ、彼の素性が気になっただけ。そして今はファンどころではないところまで好意が振り切れてしまっている。彼の言うことは正解だった。

「ごめんなさい……」
「結構傷付くな」
「あの、でも、ファンではないけど、嫌いではなくて」
「……というと?」
「え? えっと、それは……つまり……」
「好き?」
「えっ」
「違うか。ごめん、自惚れた」

 忘れてくれ、と言われても忘れられるわけがなかった。彼は聡い。だからきっと無意識のうちに正解に辿り着いてしまうのだ。恐ろしい。こんな人を相手に自分の気持ちを隠し通せるほど、私は賢くない。

「そうだったら、困る、でしょう?」
「困らないよ。むしろ嬉しい」
「嬉しい?」
「気になってる子に好きだって言われたら嬉しいよ」
「……気になってる子?」
「避けられ続けて傷付いた甲斐があったな」

 「一目惚れだったのかもしれない」と。彼はかなり衝撃的なことを言った。ちょっぴり照れながら。
 なにそれ。どんな殺し文句ですか。そうやって色んな女の子を落としてきたんですか。……知ってる。そんな人じゃないってことぐらい。一ヶ月前も思ったもん。

「家まで送らせてもらってもいいかな?」
「……お願い、します」
「喜んで」

 爽やかすぎる笑顔にくらりとした。夜なのに彼の周りだけ輝いているような気さえする。こんな人に裏の顔なんてあるわけないじゃないかと過去の自分に教えてやりたい。

「ところでこれは秘密にしてることなんだけど」
「へ?」
「実は俺、独占欲が強いんだ」
「……はあ」
「束縛しないように気を付けるつもりだけど、窮屈だったらすまない」

 そう言って傾けられた笑顔はいつもと違って随分と色気を纏っているような気がしてぞくりとした。初めて見る表情。初めて感じる空気。
 彼は完璧を絵に描いたような人だった。それは間違いない。ただ、もしかしたら裏の顔もあるのかもしれなくて、それを知ることができるのは私だけであってほしいと思うのだ。

ダーク・サンシャイン