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 女ってのは何を考えているのかわからない、理解し難い生き物だ。たぶん女の方も「男ってのは何を考えているのかわからない、理解し難い生き物だ」と思っているだろうから、そこはお互い様ってやつなのだろうけれども。

「お前らって付き合ってんの?」

 弾バカはその名の通りバカだから、空気が読めなかったんだと思う。そういうことにしておいてやろう。そうでなければガチでキレる。
 オレが同級生のみょうじに好意を寄せていることに本気で気付いていないのか、はたまた気付いていて仲を取り持とうとしたのか。どちらにせよ、弾バカの一言は完全なる失言だ。お陰でオレは取り繕わなければならなくなってしまった。
 本音と建前。本気と冗談。それを上手に混ぜて、みょうじに不審がられない程度に距離を狭められるような発言を、コンマ数秒の間で考える。オレは意外と賢いのかもしれない。

「今は付き合ってないけどな〜そろそろ付き合っちゃう〜?」

 この一言でみょうじが戸惑って顔を赤らめたりなんかしてくれたら脈アリ。オレは迷うことなく攻め切れる。しかし何も特別な反応をされなかったら。もしくは適当にスルーされたら。残念ながら脈ナシということになってしまう。
 ある種の賭けのようなものだった。しかしオレにはそこそこ自信があったのだ。そこらへんのクラスメイトよりはみょうじに好かれているだろうという自信が。

「米屋とだけはそういうことになんないでしょ」

 しかし返ってきたセリフは、オレが想像しているよりもずっと辛辣だった。脈ナシならそれはそれで仕方ないというか、まあそうだよなあって、それとなく一人で傷付いて終われば良いと思っていたけれど、さすがに「オレとだけは有り得ない」みたいな言われ方をしたら「それとなく」では済まされないぐらいショックだ。
 こんなことになったのは全て弾バカのせいである。こうなったら傷心の俺を慰めるべく、トリオン体になって大人しくオレの気が済むまで八つ裂きになってもらいたい。

 ……そういえばあの時は弾バカに「お前らめんどくせーな!」と言われた。その時は「何言ってんだコイツ、とりあえずそのツラ貸せや」としか思えなかったけれど、今ならそのセリフの意味がよくわかる。オレたちは確かにめんどくさかった。今となっては懐かしい過去を思い出して、笑いが溢れる。

「何笑ってんの?」
「ちょっと昔のこと思い出して」
「昔のこと?」
「付き合う前のオレら、めんどくさかったなーって」
「なんで急にそんなこと思い出してんの?」

 オレはその問い掛けに対して「彼女の部屋に二人きりというシチュエーションで緊張をほぐすために健全なことを考え冷静になろうと思ったからです」と、素直に答えることはできなかった。ていうか、こんなの素直に答えたらそれこそバカじゃん?
 へらり、笑って誤魔化そうとするオレの顔を下から見上げてくる視線。座っていようとも身長差を考えたら当然のアングルではあるのだけれど、毎回思う。その見方はずるいだろ、って。

 結論から言うと、オレとみょうじ……なまえは、めんどくせーことに両片想いってやつだった。弾バカはそれに気付いていて、どうにかして距離を縮めてやろうと思いあんなことを言ったらしい。それを知ったのは、オレたちがどうにかこうにか付き合い始めた後のことだ。
 なかば勢い任せ、ちっとも計画的ではない告白だった。なまえが他のクラスの男に告白されたと聞き、別に自分のものってわけでもないのにどうしても取られたくなくて、タブーだと知りながら告白現場に乗り込んで、それからはまあ、お察しの通り告白を妨害したりなんかして。
 突然現れたオレに「コイツはオレのだからダメなんだわ」なんて言われた男はポカンとしていて、(今となっては申し訳ないことに)「好きだ」と想いを伝えることすら許さず退散させた。で、そこから流れに身を任せて告白して今に至る、というドタバタ劇。
 本当なら告白するつもりはなかった。だって「オレだけは有り得ない」って言われた後だったし。脈ナシだとわかっていて玉砕覚悟でぶつかっていけるほど、オレは強くないし。こう見えて、実は繊細なのだ。
 しかし、蓋を開けてみればなまえもオレのことが好きだったというオチ。なまえいわく「あまりにも軽いノリで言われたから、本気で好きな相手には冗談で付き合うとかそういうこと言わないよなって、私のことはなんとも思ってないんだと思ったら強がるしかなかったんだもん……」とのこと。つまり、オレたちは同じように勘違いしていたのだ。何度も言うが確かにオレたちは「めんどくせー」。
 そして思った。女ってのは何を考えているのかわからない、理解し難い生き物だ、と。

 ちなみにこんなオレたちだから、付き合い始めてからも順風満帆というわけにはいかず。それまで他愛ないことやくだらないことを適当に話していたくせに、いざ付き合い始めるとそれまで通り会話ができなくなって、ついでに接し方もわからなくなって、一時期めちゃくちゃ疎遠になった。
 弾バカにはまた言われた。「つくづくめんどくせー奴らだな」と。自分たちでもそう思うのだから、周りからしてみればもっとそう思うだろう。
 しかし、そういう時期をどうにかこうにか乗り越えて、今オレはなまえの家に二人きりという状況まで漕ぎ着いている。二人で帰るのも、時々手を繋ぐのも、だいぶ慣れてきた。自分でも気持ち悪いと自覚できてしまうぐらい、初々しい交際をしていると思う。

 オレを見上げてくる視線は適度に潤んでいて、勝手ながら「こいつ誘ってんだな?」という解釈をしてしまう。恋人同士が部屋に二人きり。至近距離で見つめあってすることと言えば決まっている。
 引かれ合うように顔と顔の距離を縮めていく。オレがある程度顔を近付けたところで、なまえが目をギュッと瞑った。所謂キス待ち顔ってやつである。
 ぷるりと適度に艶やかな唇に、今すぐ自分のそれを押し付けたい気持ちは山々だ。しかし、ここで悪戯心に火がついてしまうのも仕方のないこと。なまえのキス待ち顔が可愛すぎるのがいけない。
 唇同士がぶつかる直前、お互いの吐息が混ざり合う程度の位置で止まる。その時を今か今かと待ち侘びているのであろうなまえからは緊張感が伝わってくるけれど、それがまた可愛くて。
 一秒、二秒と時間が経ち、五秒ぐらい経ったところでなまえが薄く目を開けた。そして当然、オレと目が合う。不満と羞恥を絶妙に混ぜ合わせた表情は、オレの可逆心を煽るばかりだ。

「キスすると思った?」
「しない、の?」

 あえて何の返事もしなかったのは、そこで落胆させておけば、後から口付けた時に照れながら喜ぶなまえの顔を見ることができると思ったから。男ってのはそういうことしか考えていないのだ。
 この後の展開を考えるとどうにも口元がニヤけてしまうけれど、なまえはそれに気付いているだろうか。さて、オレとしても我慢の限界が近いしそろそろ頃合いかな、と。ムッとしてオレを睨んでいるなまえに顔を近付けようとした時だった。
 オレが動く前になまえが動いて、ほぼ勢いだけでぶつかられる。唇と唇。ちゅ、というより、ぶちゅ、みたいな。あまり色気を感じられないぶつかり方だった。しかし、オレにとっては色気がどうのとか、そういうのは全然関係なくて。
 なまえの方からキスをしてきたことなんてないものだから、そりゃあもう驚いた。そしてそれ以上に、キスともいえないキスを終えた後の「私はしたかったんだもん」という、ちょっと拗ねた様子で吐き捨てられたセリフの破壊力に頭を抱える。
 耳が、顔が、熱い。どんだけウブなんだよ、と自分自身につっこみつつ、しかし、この熱はどうやっても発散できなかった。無意識に手で口元を覆い項垂れる。

「陽介?」
「今はマジでちょい待ち……」

 この状況で下から覗き込んでくる例のアングルは勘弁してもらいたい。今更キスごときで照れている場合ではないのだけれど、どんなに冷静になれと言い聞かせてもダメだった。
 オレの様子を見て「もしかして照れてる?」と嬉しそうななまえを見て、また、思う。女ってのは何を考えているのかわからない、理解し難い生き物だ、と。そしてそんな女のことをもっと理解したい、とも。そのためにはまず、自分からも距離を埋めてみるしかないよな。
 口元を覆っていた手でなまえの後頭部をぐい、と自分の方に引き寄せたら、あとはその距離をゼロ、もしくはマイナスにしてしまうだけ。目を見開いたままのなまえに目元だけで笑ってやれば、慌てて目を瞑られた。可愛い反応してくれるじゃん。
 オレは調子に乗って、舌を捻じ込む。が、なまえに全力で拒否された。具体的には身体を突き飛ばされた。今絶対いい雰囲気だったと思うんだけど? やっぱり女の考えてることってわかんねーや。

「心の準備できてない!」
「じゃあ今ので準備できた?」
「できるわけないでしょ! バカ!」

 どうやらお互いを理解し合うにはまだまだ時間がかかりそうだ。けど、まあいいか。どんだけ時間がかかっても、理解し合えないことが山ほどあっても、好きという気持ちだけは理解し合っているのだから。

男と女の共通項