×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



 最近、気になっている人がいる。
 私の一つ年上の先輩。名前は出水公平。二年B組。ボーダー隊員。それ以外の情報は知らない。そしてそれは恐らく彼も同じ。私に関することといったら、名前とクラスぐらいしか知らないと思う。
 そんな希薄な関係だというのに、私と出水先輩はお互いのことをきちんと認識していた。これは自惚れではない。れっきとした事実だ。だからこそ私は困っている。

「おー、みょうじ。髪型変えたか?」
「わ、ちょっと、せっかくちゃんとセットしてきたのに!」

 今日も出水先輩は、私と目が合うなり気安く近付いてきて、何の躊躇いもなく髪をぐしゃぐしゃと撫で回す。まるで犬の頭を撫でるような、ちょっと乱暴な手付きだ。
 けれども、嫌がる素振りを見せつつ内心では胸を躍らせている私は、その手を振り払うことができない。勿論、逃げることも。
 手櫛でぐちゃぐちゃになった髪を梳かしながら、あからさまに作りものだとわかるであろう怒った顔をして見せる。案の定、先輩はケラケラと笑いながら「悪かったって」と思ってもない謝罪の言葉を述べてきた。
 こういうことが常態化しているから困るのだ。出水先輩は私を見つけたら必ず声をかけてくる。それだけなら良いのだけれど、今みたいにナチュラルにスキンシップを取ってくるものだから、私は毎回心拍数を上げるハメになるのだ。

 誰にでもこんなことをする人なのかどうかすら分からない。もしかしたら私だけじゃなく、他の女の子にもこういう距離感で接しているのかもしれないけれど、私には先輩がそういう人かどうかを判断する材料すら与えられていなかった。
 学年が違うから会うのは休憩時間中か登下校の時だけ。それも毎日会えるわけじゃないから、同じ日に何度も会うこともあれば、一週間以上会えないこともある。会えない日々が続けば続くほど落胆してしまう自分が嫌だと思っているけれど、この感情の処理の仕方がわからないのだから対処のしようがない。

「で、髪型変えたよな? イメチェン?」
「ちょっと前髪切っただけですよ」
「へー。結構印象違う。似合ってんじゃん」

 男の人は前髪を切ったことになんて気付かない生き物だと思っていたけれど、実はそうでもないのだろうか。失礼ながら、先輩はファッションに精通しているタイプじゃなさそうだから、こんな些細な変化に気付いてもらえるとは思わなかった。
 ていうか、待って。今先輩、何って言った? 似合ってんじゃん、って言ったよね? 私のこと褒めてくれたってことだよね?
 遅れてやってきた嬉しさと照れ臭さに、頬が緩む。先輩にそう言ってもらえただけで、ちょっと切りすぎちゃったかも、と沈んでいた気持ちが一気に上昇していく。

「ありがとう、ございます」

 ニヤけた顔を見られまいと俯いたままぼそぼそとお礼を言ったものだから、私の声は届かなかったかもしれない。褒めてもらったんだし、もう一度ちゃんとお礼を言った方が良いかな。そこまでする必要ないか。
 何の反応もないのが気になって恐る恐る視線を上げた私は、先輩の顔を見て驚いた。なぜって、先輩が顔を赤らめていたから。視線がぶつかったと同時に「なんでそんな嬉しそうな顔してんだよっ」と、先ほどよりも更に乱暴な手付きで頭をぐしゃぐしゃにされる。
 いや、だって、褒められたら誰だって嬉しいものでしょ。そんなことより、私が嬉しがるのを見て、どうして先輩がそんな顔をしているのか。そちらの方が不思議である。

「先輩、なんで顔、」
「いーから! 今こっち見んな!」
「……先輩に似合ってるって言われて、喜んじゃダメですか」

 先輩に「見んな」と言われたのと、なんとなくまた視線を落としたい気持ちになったという理由から、上げていた視線を再び下に落とす。すると、私の頭をぐしゃぐしゃにしていた先輩の手が止まった。

「そういうわけじゃなくて、なんつーか、誰にでもそんな顔すんの?」
「そんな顔?」
「あー……いや、やっぱ今のなし」
「えっ、そんな中途半端な!」

 言いつけに背いて弾かれたように顔を上げ、抗議の視線を送るべく先輩を見つめようとした私の視界は真っ暗。一瞬何が起こったのかわからなかったけれど、私の目を先輩が片手で覆っていることに気付いた。
 赤い顔、そんなに見られたくないんだ。もう見ちゃったけど。なんで先輩が顔を赤らめているのか、わからないままだけど。そうだったら良いなと思う理由はある。とても都合の良い、夢みたいな理由だけど。

「私、褒めてくれたのが先輩だから、こんなに喜んでるんですよ」
「それなら良いけど」
「何が良いんですか」
「照れてる時のみょうじの可愛い顔、他のヤツに見られないなら良かったってこと」
「へ、」

 視界が明るくなる。先輩の顔はもう赤くなくて、その色は恐らく、私の方に伝染してしまったのだと思う。顔が耳まで熱い。
 可愛いって言われた。先輩に。揶揄われているとしても、私の反応を見て楽しむために言われた一言だとしても、本心からの言葉じゃないとしても、私はそのたった一言にドキドキを募らせる。

「おーい、出水ー、何してんのー!」
「今行くー!」

 少し遠くから、先輩の友達らしき人からのお呼びの声がかかった。もう行っちゃう。でも、このままさよならなんて、ちょっと、否、だいぶ嫌だ。だからといって、何かしてほしいとか言ってほしいとか、そういう願望みたいなものがあるわけではないのだけれど、でも、もう少しだけ。

「先輩、」
「……そういう可愛いことしたら襲っちまうぞ」

 離れて行ってしまいそうな先輩のシャツの裾を引っ張って、控えめに、それでいて強引に引き止める。今の「可愛い」は、たぶん、私を動揺させて手を離させるために言ったのだと思う。だから私は、意地でも手を離してやらなかった。

「先輩になら、いいもん」
「それならお言葉に甘えて」
「え、なっ、出水せんぱ、い、」

 くるりと身体を反転させて私に向き直り、あっという間に壁ドンの体勢に持ち込んだ先輩の身のこなしの早さはボーダー隊員としてのスキルみたいなものが生かされているのだろうか。私はボーダー隊員じゃないからそこらへんのことは全くわからないけれど、とにかく、先輩の動きはとてもスピーディーだった。
 お陰で私は近付いてくる先輩の顔から逃げることができなくて、咄嗟に目を瞑る。ここ、学校なのに。しかも廊下だし。絶対誰かに見られてるよこれ。変な噂になったら困るんじゃないの? 私は、別に良いけど。
 このままキスとかされちゃうのかも。でも私が「先輩になら襲われてもいい」と言ったのだから、そしてその言葉通り、先輩にならそういうことをされても良いやって思っているのだから、逃げるわけにはいかない。そんな強い心をもって覚悟していたのに、いつまで経ってもその時は訪れず。薄ら目を開けると、至近距離でニィっと笑われた。

「おれはそんなに手早い男じゃねーよ」
「……また揶揄われた」
「実はわりと本気だった。けど、こういうのって順番あるじゃん?」
「順番?」
「そこはわかってほしいとこなんだけど」

 わかるようなわからないような、絶妙なラインで駆け引きをしようとしてくる先輩だけれど、私はちゃんと気付いていた。先輩の耳が赤くなっているってことに。
 私の顔の熱も冷めていないけれど、先輩も余裕そうな顔をしているくせに私と同じなのかもって思ったら、ちょっと安心したし嬉しかった。

「ま、今はいーや。そろそろ行かねーと、」
「先輩っ」
「ん? 何?」
「私、また先輩に会えるの、待っててもいいですか」
「待っててくれないと困る」

 私に背中を向けてひらひらと手を振り去って行く先輩の耳は、やっぱり赤かった。ついでに私の顔も赤いままで、たぶん次に会った時も、私たちは赤を身に纏っているのだろう。そうじゃないと困る。

赤色は伝染する