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「あ、待って」
「え?」
「ゴミついてる」
「……ありがとう」

 なーんて、少女漫画のストーリーだとしてもベタすぎるだろ、と突っ込みたくなるようなことをしていても絵になるのが、美男美女というものらしい。私は教室の窓からその光景を眺めつつ、神様は不公平だな、とやさぐれていた。
 自分とは全く無関係の美男美女のやり取りなら「絵になるねぇ」と眺め続けていたかもしれないけれど、美男の方が自分の想い人となれば話は別だ。彼の指先が見ず知らずの可愛い女の子の髪に触れるのを見ただけで、胸がチクチクと痛む。これは思っていたよりも重症かもしれない。

 彼のことが好きだと自覚したのはいつだっただろう。同じクラスになって、隣の席になって、よく話すようになって。特別なことをされたわけじゃない。ただ普通のクラスメイトとして接していただけだ。そりゃあ勿論、彼の容姿の良さには少なからず惹かれるものがあったけれど、決定打はそこではなかったと思う。
 彼はモテる。だから女の子の扱い方を心得ているのだろう。話し方も表情も、適度に軽く、適度に優しく、適度に素っ気ない。接する相手によって距離感を変える。つまり、匙加減が上手なのだ。頭も良くて、おまけにボーダー隊員ともなれば、鬼に金棒。やっぱり神様は不公平だ。

「委員会の仕事もう終わった?」
「え……、なんで犬飼くんが?」
「もう一人の図書委員の代打」
「そうなんだ……」

 そんなことがあった日の放課後。図書委員の仕事で図書室にいた私は、突然の想い人の登場に動揺を隠しきれなかった。
 もう一人の図書委員の子は体調が悪そうなわけでも用事があるわけでもなさそうだったし「後から行く!」と言っていたはずなのに、どうして犬飼くんが代打で来たのだろう。のっぴきならない事情が発生したのかもしれないけれど、それにしたってボーダー隊員として忙しいであろう犬飼くんに代打を頼むのはいかがなものかと思う。いや、私にとってはラッキーだけど。今の心境的にはラッキーじゃない。嬉しいけど嬉しくない。乙女心は複雑だ。
 そんな私の葛藤など知る由もない彼は、本棚の整理をしている私の横にすっと立って「これ整理すればいいの?」と手伝ってくれようとしていた。頷いて肯定して見せると、犬飼くんはわざわざ高い位置の本に手を伸ばしてくれて、私が届かないところに手をつけてくれていることがすぐに分かった。こういうさりげない気遣いができるところに、またキュンとしてしまう。

「なんか、今日元気ない?」
「そんなことないよ」

 モテ男は私みたいに平凡なクラスメイトである女の些細な変化も見逃さない。平然を装って答えてみたけれど、僅かに声が震えていたような気がする。そしてその僅かな違和感にも、彼は気付いてしまう男なのだ。

「うそ。やっぱり元気ないよ。昼休憩の後ぐらいから」
「えっ」
「図星?」
「な、なんでそんな、ピンポイントで……」

 先ほどまではなんとか平然を装えていたけれど、図星を突かれてしまっては取り繕いきれなかった。なんと鋭い人なのだろう。ボーダー隊員だから観察眼が養われている、なんてことがあるのだろうか。
 昼休憩の後。すなわち、あの少女漫画的シーンを見てしまった後。確かに私はそこから急激に気持ちを沈めていたと自覚しているけれど、そこまであからさまに態度で示していたつもりはない。その証拠に、午後から一緒にいた友達にも何も指摘されなかった。それなのに、どうして一番気付かれたくない人には、こうもあっさり気付かれてしまうのだろう。
 いくら彼の観察眼が鋭いからって、ちょっと凄すぎでは? と動揺していると、視界が暗くなった。隣にいたはずの彼が私の背後に立ったことにより、影が落とされたからだ。背の高い彼が背後に立って本棚に手をつくと、私はすっぽり隠されるような格好になってしまう。
 何? なんで急にその位置に移動したの? さっきより距離が近いんですけど。ドキドキ、しちゃうんですけど。

「みょうじさん、おれのこと見てたでしょ」
「な、」
「動かないで」

 言われなくても動けませんけど。なんて強がりを言えるほどの余裕はなくて、私はひたすら顔を俯かせることしかできない。勿論、本の整理なんてできる状況ではなかった。
 この状態からどうしたら良いのだろう。戸惑う私を嘲笑うかのように、そっと髪に触れられる。どくりどくり。今にも心臓が飛び出してしまいそうな私は、身体をぎゅっと縮こまらせた。

「ゴミ、ついてた」
「……あ、ありが、」
「っていうのは嘘で」
「へ」
「今のはおれがみょうじさんに触りたかっただけ」

 なんだ、ゴミがついてたのか。昼休憩のあれは特別な間柄じゃなくてもできることなんだ。なるほど。
 と、納得しかけたのも束の間。彼の口から耳を疑うような発言が飛び出したものだから、落ち着きかけていた私の心臓は再び喧しくなり始める。
 今振り向いたら駄目。絶対に駄目。それが分かっていて振り向いた私は、ただの馬鹿だ。首だけを捻るような形で後ろを向けば、待ってましたとばかりに彼が微笑んでいて、慌てて本棚の方に顔の向きを戻す。ほらね、やっぱり駄目だった。自業自得なのに、それなりに覚悟を決めて振り向いたはずなのに、顔の火照りが尋常じゃない。
 絶対に揶揄われている。彼は私の気持ちに気付いているからこそ、こんな言動をとっているに違いない。しかし、それが分かっているからといって今の私にできることは何もなくて。どうしよう。逃げたいけど逃げられない。

「おれのこと、もっと意識してよ」

 ぽんぽん。ガチガチに固まっている私の緊張の糸を解すみたいに頭を撫でた彼は、それから何事もなかったかのように背後から離れて行った。彼の気配が遠ざかる。途端、足の力が抜けて、私はその場にへたり込んでしまった。
 もっと意識してよ、って。これ以上どうやって意識すればいいというのだろう。私の胸はもうこんなにも、張り裂けそうなぐらい彼のことだけでいっぱいなのに。意識しすぎて苦しいぐらいなのに。

 後日、もう一人の図書委員にきいた。あの日の図書委員の仕事は、犬飼くんの方から「図書室に用事があるから代わる」と言われたということを。
 図書室での用事って何? 本の整理? 違うよね? じゃあ何なの? 犬飼くん、私、分かんないよ。
 答えを求めるみたいに犬飼くんの方を見つめていたら、まるでテレパシーで私の気持ちが通じてしまったのではないかと思うほどタイミングよくこちらに視線を向けた彼と目が合った。にこり。あの日彼に触れられた部分から、全身に熱が伝わっていくような感覚に襲われる。
 こうなることまでお見通しってことですか。そうですか。それじゃあ次はどうしたら良いのか教えてくれませんか。犬飼くん。
 涼しい顔をしている彼へ必死に視線を注ぎ続けながら、テレパシーを送ってみる。勿論、本気でテレパシーが通じるなんて思っていない。けれど、彼ならもしかしたら何かを汲み取ってくれるんじゃないか、って。そんな淡い期待をしているだけ。
 するとどうだろう。頬杖を突いてこちらを見ていた彼が、席から立ち上がって私の方に近付いてくるではないか。まさかテレパシー通じちゃったの? 犬飼くんってエスパー? あまりの驚きで、頭の悪いことしか考えられない。

「おれのこと呼んだ?」
「よ、呼んでない……」
「ずっと見てたくせに?」
「それは犬飼くんの方でしょっ」
「ふーん……ま、いいや。ちゃんと意識してくれてるみたいだから、今はこれで」

 ぽんぽん、するり。あの時と同じように頭を軽く撫でて、今日はそれに追加で髪を掬っていく。ぼぼぼっと、顔に火がついたように熱くなって、そんな私に犬飼くんは言うのだ。「次は何しよっか?」って。
 付き合ってるわけじゃないのに。そもそも両想いかどうかも分からないのに。こんなことを誰にでもやっているのだとしたら、相当罪深い、けど。誰にでもってわけじゃないって信じたい。

「次の図書委員の当番っていつ?」
「え? えっと、たしか来月だったような……」
「じゃあその時に、続き、しよっか」
「続きって……」
「何だと思う?」

 問い掛けに答えられない私を置いて、犬飼くんは高校生らしからぬ艶やかな笑みを落とし席に戻って行った。一体何がどうなっているのか。詳しく説明していただきたい。もっとも、その説明を聞くための心の準備はできていないのだけれど。
 来月の図書当番の日。彼はまた、何か理由をつけて、もう一人の図書当番の代打として私の前に現れるつもりなのだろう。その時、私はどうするべきなのか。答えはもう、分かっている。

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