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 出会った頃は彼のことを、物静かで大人びていて、何を考えているのかよく分からない、表情の変化が少ない人だと思っていた。けれど、今はその真逆の印象を抱いている。
 彼は割と激昂型だし、年相応に幼いし、よく見たら考えていることが顔に出やすい、分かりやすい人だ。それから、冷たくて怖そうな雰囲気だなと思っていたけれど、それも撤回する。彼は思っていたよりもずっと人間味があってやさしい人だ。本人に伝えたら、間違いなく否定すると思うけれど。

「今日の防衛任務、私を助けてくれたでしょ?」
「何のことだ」
「苦戦してたのに気付いて加勢しに来てくれたもんね」
「俺は任務遂行のために行動しただけだ。助けたつもりはない」
「うん。でも、ありがとう」

 いつかそんな会話を交わしたことがある。彼は自分の手柄をひけらかさないし、善意を押し付けたりもしない。きっと本当に、助けようと思って動いたわけではないのだろう。任務遂行のため。その言葉に嘘はないのだと思う。
 あの時、苦戦していたのが私ではなく他の誰かだったとしても、彼は同じ行動を取ったに違いない。私が彼の特別ではないことは百も承知だ。それでいい。彼は、そういう人だから。それなのに、どうして。

「……今度こそ、助けに来てくれたんだよね?」
「悠長に話している場合か! さっさとベイルアウトしろ!」

 ちょっとばかりミスってトリオン供給器官を破壊されてしまった私の元に血相を変えて駆けつけてくれた彼は、確か今日、防衛任務に当たっていなかったはずだ。つまり以前のように「任務遂行のために行動した」という理由は使えない。
 彼にはどうして私のピンチが分かるのだろう。ただタイミングが良いだけかもしれない。けれど、もしかしたらそれだけの理由じゃないんじゃないかって。そんなことを考えている私は自惚れ屋だ。

 私は彼と違ってA級ではない。B級の下位グループに属している隊の所属だし、個人ランク戦でもなかなか上に行けない中途半端な隊員だ。
 彼と私との接点というと、同じ高校に通っていて、更にたまたま同じクラスだったということだけ。別のクラスに他のボーダー隊員がいることも勿論把握しているし、何なら同じクラスに彼以外のボーダー隊員がいることも知っているけれど、私が真っ先に声をかけたのは彼だった。
 明確な理由なんてない。しいて言うなら、彼の仏頂面以外の表情を見られたら良いなあと思ったから、だろうか。ボーダー本部でも学校でも、彼は大抵気難しそうな顔をしている。米屋くんや出水くんと話している時はほんの少し表情が和らいでいるような気がするけれど、常に気を張っている雰囲気があるのは確かだ。
 彼は他人に厳しい。しかしそれ以上に自分に厳しい人だと思う。私みたいにヘラヘラと任務に当たっている女は、きっとカレが最も嫌いなタイプだろう。
 けれども私はこのスタンスを変えない。彼と私を足して二で割ったらちょうど良いんじゃないかなと思って冗談でそれを言ってみたら無言でめちゃくちゃ睨まれたことがあるけれど、なんだかんだで彼は私が話しかけたらきちんと応対してくれるから、やっぱりやさしいんだと思う。

 ベイルアウトしてボーダー本部内でぼーっと過ごしていた私の元にやってきた彼は、それはそれは不機嫌そうな顔をしていた。ものすごく分かりやすい。
 不機嫌そう、というか不機嫌であることは明白。なんなら怒っているような雰囲気さえ漂わせているのにちっとも怖いと感じないのは、彼の醸し出すそういう空気に慣れてしまったからだろうか。最初はこれが怖かったんだよなあ。でも、彼が怒っている理由を知ったら、怖いなんて感じるはずがないのだ。

「心配かけちゃった? ごめんね」
「ベイルアウトできると知っているのに心配などしない」
「でもほら、さっき来てくれた時、結構余裕なさそうに見えたから」
「調子に乗るな。防衛任務をなめているのか」
「三輪くんが助けに来てくれるような気がしたから、油断しちゃった」
「……おまえは、もう少し緊張感を持て」

 はあ、と大きく溜息を吐いた彼に安堵の色が窺えたのを、私は見逃さなかった。心配してないなんて嘘。彼はちゃんと私のことを心配してくれていた。それが分かって、密かに口元を緩めてしまう。
 いくらベイルアウトをすれば無事で済むと分かっていても、ネイバーに深手を負わされた仲間にもしものことがあったら、と考える。そして、助けに来てくれる。彼はそういう、やさしい人なのだ。そしてそのやさしさに漬け込んで彼の助けを待っている私は、ひどい女だと思う。
 彼は気付いているだろうか。私がボーダー隊員としてあるまじき考え方をしているということに。ヘラヘラしているだけならまだしも、こんな邪で危険を顧みない考えで任務に当たっているなんてこと、彼は気付いていないだろうなあ。気付いてしまったら、きっともう、助けには来てくれないだろうなあ。

 本当はもっと強くなりたい。強くなって、彼と対等に肩を並べて、あわよくば背中をあずけあえる程度になりたいと思っている。だから一生懸命個人戦で経験を積んだ。色んな人にアドバイスもしてもらった。
 しかし、努力が必ず身を結ぶとは限らない。そりゃあ少しは何かしらの成果を得られているのかもしれないけれど、私に目覚ましい成長は見られなかった。
 正直、かなりヘコんだ。ボーダーを辞めようかとも思った。けれども、彼が助けに来てくれる度に思ってしまうのだ。いつかは彼に助けられずとも戦えるようになりたい、と。そして夢見てしまうのだ。努力を積み重ね続ければ、いつか「強くなったな」と、気休めでも良いから笑いかけてもらえる日がくるんじゃないか、と。
 そんなの、叶う確率はほぼゼロに等しいということは頭で理解している。諦めて潔く辞めた方が自分のため、そして彼や他のボーダー隊員達のためだということも。
 それでも私は、彼を頼ってしまう。背中を追い続けてしまう。彼が嫌いであろうヘラヘラしたうざったい女を演じながら。

「三輪くん、また助けに来てね」
「おまえは助ける側の人間だ。俺の助けを待つな」

 厳しい言葉を投げつけるくせにピンチになったら必ず駆け付けてくれる彼を、私は今日も卑怯な形で繋ぎ止める。もしも、ほんの数パーセントでも彼に近付ける可能性があるのなら。私は諦めないって決めたんだ。
 私が、助けてもらったお礼にクッキーを作ってくると言ったら「いらん」とバッサリ切り捨てたくせに、翌日クッキーを渡しに行ったら「いらんと言っただろう」とぼやきながらも受け取ってくれる彼が、私はやっぱり好きだ。憧れだけじゃないこの感情を彼に伝えられる日が来るかどうかは分からない。
 けれど、ほんの少しだけ、米屋くんや出水くんに向けるそれとも違う緩んだ顔を一瞬だけ見せてくれたりするから、私はいつまで経っても彼を諦められないのだ。そう考えたら私より彼の方がよっぽど卑怯。無自覚だからより一層厄介。

「三輪くん、今度お手合わせお願いしても良い?」
「いつも言っているだろう。俺は忙しいんだ。他を当たれ」
「やだ。三輪くんが良いの」

 駄々っ子みたいなことを言う私に、ムッとした顔を向ける彼。でも知ってるよ。忙しくても相手してくれるってこと。「これ以上おまえの尻拭いをするのは御免だからな」って言いながら稽古つけてくれるんだもんね。
 出来が悪くて迷惑かけてばっかりだけど、助けを待つことしかできないお姫様は似合わないから。いつかその日まで、もう少し、このままで。

ドレスを着ていても戦士であれ