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 先ほどから舐めるように私を見つめている格子の瞳に眉根を寄せる。一体何なんだ。珍しく大学に現れたと思ったら挨拶もろくにないまま私の行く手を塞ぎ、うーん、と唸りながら凝視。そして彼は数分前からそれを何度も繰り返しているのだ。四限目はないから急ぎはしないけれど、何の説明もなく難しそうな顔をして顎に手を当て真剣に考え事をしている姿は、やはり意味不明である。

「太刀川、何?」
「違うんだよな……」
「何が」
「全部だよ、全部」
「いや、それ答えになってないし。だから、何が?」

 問い掛けに対する答えは曖昧すぎて答えになっていなかった。それを指摘して再度質問を重ねてはみたものの、彼は首を傾げながら私を見つめ続けているだけで何も言ってくれない。
 先ほどから擦れ違う人がチラチラとこちらに視線を送ってくるのが気になるけれど、そりゃあ道のど真ん中で男女が向かい合って立っているのだ。何やってんだ? と不思議に思うのも無理はないだろう。

「俺の理想とは全然違う」
「は?」
「胸はもっとデカい方がいい。背もこう、もっとすらっとしててほしいし、性格も俺の言うことに従順な可愛げがある女がタイプだ」
「太刀川のタイプなんて興味ないし私と理想の女を比べるのは間違ってるでしょ。ほんとにアホだね」
「口の悪さも俺好みじゃねぇ」
「はいはいそうですか」

 つまり私は突如現れたこの男によって値踏みをされた、と。そういうことらしい。いや、マジで失礼だろ。私以外の女の子だった場合、ここまでボロクソに言われたら最悪泣いてるぞ。まあ相手が私だからここまではっきりと酷評してくださったのかもしれませんけど? それはそれで腹が立つ。私を何だと思ってるんだ。
 彼がボーダートップクラスの実力だということは知っている。それは素晴らしいことかもしれない。一般市民の私にとってボーダーは尊敬に値すべき素晴らしい人間の集団だから、本来ならこの男にも尊敬の眼差しを向けなければならないことも分かっているのだけれど、ボーダー隊員ではなく普通の大学生としての太刀川慶という男は、最低なのだった。だからどうにも尊敬はできない。
 まったく、非常に無駄な時間を過ごしてしまった。バイトの時間まであともう少しだし、この馬鹿にこれ以上付き合っている暇はない。私は格子の目をひと睨みしてから踵を返すと、さっさと歩き始めた。

「おい待て。話はまだ終わってない」
「単位ヤバいからって講義のノートは貸してあげないんだからね。二宮くんにでも頼みな」
「違う。単位は確かにヤバいが今はその話じゃない」
「付いてこないでよ。鬱陶しいな」

 なぜか私の後ろを付いてくる長身髭男にそう言葉を吐き捨てた時だった。「待てよ」と。彼の声音が低く聞こえたかと思ったら手首を掴まれ歩行を阻止される。
 ここで彼の言う「可愛げのある女」だったなら、ちょっと怯えながら潤んだ瞳を向けたりするのかもしれないけれど、生憎私はそういう女じゃない。力が強くて振り解くことはできないけれど、そんなことで怯んだりはしなかった。バイト間に合わなくなるんですけど。ていうかちょっと痛いんですけど。そういう気持ちを目一杯込めて睨んでやる。

「散々私にひどい批評をぶち撒けておいて、まだ何か用があるわけ?」
「ここからが本題だ」
「手短にどうぞ」
「手短に? あー…じゃあアレだな。お前、俺の女になれ」
「はあ?」
「手短にって言ったのはお前だろ」
「いや、限度ってもんがあるでしょ。意味分かんないんだけど」

 先ほどの彼の批評によれば、私は彼の理想とは大きくかけ離れた女らしかった。というのに、俺の女になれ、とは。一体どういうことだ。私はセフレなんて絶対お断りだぞ。なんせまだ処女だ。この男にそれを言うつもりはさらさらないが、処女じゃなかったとしても遊び相手にはなりたくない。
 刻一刻とバイトの時間が差し迫っている中、尚も彼は言う。「お前は俺の理想の女じゃないから悩んでたんだが考えても分かんねぇからとりあえず俺の女になっとけ」と。どんだけ自己中だよ。とりあえずってなんだ。キープかよ。アホらしい。話にならない。私にだって選ぶ権利はある。

「嫌。私は私のことだけ好きでいてくれる人と付き合いたいの」
「じゃあとりあえず今はお前だけにしとく」
「そのとりあえずっていうの、かなり失礼だって分かってる?」
「みょうじがいい」
「え」
「理由は分からん」
「……もっと上手に口説きなよ」
「口説いてんじゃなくて告白してんだよ」
「どっちにしてもセンスないよ」

 どう考えたって最低な男だ。単位落としそうだし、人の気持ちを考えずにペラペラと好きなことばっかり言うし、噂によれば結構な頻度で女を取っ替え引っ替えしてるらしいし、良いところなんて見つからない。
 けれども私は知ってしまっているのだ。この男が、カッコいいということを。ひらりと長いコートをなびかせながら颯爽と現れ、普通の人なら恐怖で慄く場面で楽しそうに笑みを浮かべる姿を。私を助けてくれたあの日から、ずっと。

「…浮気したら許さないから」
「それは約束できねぇな」
「最低か」
「浮気されねぇ努力をしろ」
「告白してきたの太刀川の方だよね?」
「でも先に惚れたのはお前の方だろ?」
「は?」
「俺にずっと惚れてただろ?」
「…冗談やめてよ。誰がアンタなんかに…」
「そういう顔すりゃちょっとは可愛いな」
「な、うるさい! バイト! 遅れるからもう行く!」

 ぼぼぼっと顔に火がつくのが分かり、慌てて背を向けて歩き出す。なんで終始アイツのペースなんだ。告白を受けてやったのは私の方なのに、なんで。
 答えは分かっていた。結局のところ恋愛というのは惚れたもん負け。理想通りにはいかないのである。

エシカルなんてクソ喰らえ