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「#寸止め」のBL小説を読む
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 忘れているわけではなかった。むしろ一週間、否、一ヶ月以上前からこの日のことを考えていた。
 プレゼントは何にしよう。ケーキはどんな種類のものが好きなのかな。苺がのったやつ? それともチョコレートケーキ? チーズケーキも良いな。 フルーツたっぷりのやつも美味しいよね。夜ご飯はどうしよう。二人きりでもいいけど皆でワイワイ集まってパーティーをするのも楽しいかもしれない。そんなことを何度も考えた。
 しかし考えている途中で、私は思い出してしまったのだ。彼のサイドエフェクトの存在を。
 私がどれだけ考えあぐねて用意したものだとしても、彼にはもう視えてしまっている。そう思うと、必死に考えるのが馬鹿馬鹿しくなって、ちょっと寂しくなって、遂には考えること自体を放棄してしまった。その結果、彼の誕生日当日である今日も、私はいつもと変わらない時間を過ごしている。
 本部でチラリと見かけた彼は、緑川くんから「誕生日おめでとう!」とクラッカーを鳴らされていた。それに驚きもせず「ありがとう」と笑顔を返している姿を見て、やっぱり視えているんだ、と思い知らされる。恐らく他の隊員達からのお祝いも、穏やかな笑顔を添えてお礼を言うことで対応しているのだろう。

 一応彼女なのだから、特別なことがしたい。そう思っていた。けれど、どうせ何をやっても彼にはお見通しなのだと思ったら、特別なことをしても意味がないのではないかという考えに至ってしまった。
 サプライズがしたいわけではない。ただ、彼に新鮮な気持ちで「こんな用意をしてくれたんだ!」と喜んでほしいという欲は止められなかった。
 きっと彼は私がどんなお祝いの仕方をしても「ありがとう。嬉しいよ」と言ってくれるだろう。彼は私が「喜んで欲しい」と望んでいることを知っているから。そんな下手な気遣いをさせるのは本意ではない。だから私は、あえて彼を祝わないことに決めたのだった。
 そんな経緯ですらも分かっているだろうに、彼は私の部屋に不法侵入してきて第一声「祝ってくれないんだ?」などと宣うのだから、何を考えているのか分からない。訊かずとも答えは既に知っているくせに。

「もう散々色んな人におめでとうって言ってもらったでしょ」
「彼女からのおめでとうがないと寂しいなあ」
「そんなこと本気で思ってないくせに」
「思ってるよ」

 悔しくなるほど整った顔で、これもまた美しく笑って見せるから余計に腹が立つ。完全に八つ当たりだけれど、神様は不公平だなあと思う瞬間だ。
 彼は断りもなくベッドに腰掛けている私の隣に座り、徐に指を絡めてくる。スキンシップが好きな彼が何の前触れもなく肌に触れてくるのは、珍しいことではない。けれど、今日はやけにその手付きが荒々しかった。
 もしかして怒ってる? 私が誕生日をお祝いしなかったから? でも雰囲気的にはいつもと変わらないし…などと考えていると、絡められた指に力が込められた。やっぱり、いつもとちょっと違う。

「悠一? 怒ってる?」
「怒ってはないよ」
「じゃあ…拗ねてる、とか?」
「……どうかな」

 言って、また笑顔が傾けられる。ただその笑顔は決してにこやかなものではなかった。笑顔だけど、目が笑っていない。そういえば思い出してみると、さっきの笑顔も目が笑っていなかったような気がする。つまりこの笑顔は、偽物だ。
 ぞくり。背中が粟立つ。こんなにも身の危険を感じたのは初めてかもしれない。誕生日を祝ってもらえなかったことが、そんなに気に食わなかったのだろうか。そんなことを気にする性格だとは思っていなかったのだけれど。

「みくびってもらったら困るな」
「どういうこと? 何の話?」
「おれは本当に嬉しい時にしか喜ばないよ」

 そう言って向けられた微笑みから怒りの感情は一切感じられない。ああ、そうか。この人は本当に、ただ単純に私に「おめでとう」と言ってほしかっただけなのだと、その時になって漸く気付く。
 例えどれだけ未来が視通せるとしても、サプライズにはならないとしても、彼は欲しかったのだ。私からの気持ちが。単純に考えれば分かることだった。自分が彼の立場だったらどう思うか。そんなの、答えは分かりきっている。
 絡められたままの指に、今度は私が力を込めた。そして、彼を見据える。

「誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「悠一が生まれてきてくれて、私と出会ってくれて、凄く嬉しい」
「うん」
「ごめんね。何も準備してなくて」
「それは別に良いんだけど」
「けど?」
「今おれに渡せるもの、あるでしょ」

 にっこり、という表現がピッタリ似合う表情を浮かべた彼は、ほんの数分前まで身に纏っていた空気とは打って変わって完全に浮かれ気味だ。なんと変わり身の早いこと。
 今の私が彼に渡せるものなんて、何もない。何もないからこそ、私の取るべき行動は一つに絞られていた。

「悠一って案外ベタなのが好きなんだね」
「男は単純だから。そういうもんだよ」

 お互い、これからの行動は予測できていた。彼は私をエスコートするみたいに自分の上に跨がらせ、正面から向き合う形を取る。私はそれに抵抗することなく誘導されるまま彼の脚の上に大人しく座って、首に手を回した。
 どちらからともなく顔を近付けて、鼻先だけを触れ合わせる。目を閉じてその動作を繰り返し、ふとした瞬間に彼の様子を窺いたくなって目を開けると、ちょうど視線がぶつかった。思わず笑みが溢れてしまったのは彼も私も同じ。今更この距離で顔を近付けたって照れるような間柄じゃないのに、なんとなく照れ臭くて、それが幸せで。
 そのままの流れでキスをしてくれるものだとばかり思っていた私は、その感触を待ちわびるかのように再び鼻先をぶつける。けれど、あと数センチの距離が埋まらない。彼がわざと逃げるように離れて行っているからだ。

「……なんで逃げるの」
「もの欲しそうな顔してるなまえが可愛いからかな」
「ばか」
「でも、そろそろおれも欲しくなってきた」

 彼にはこの未来も視えていたのだろうか。というか、この未来を選ぶために今までの言動を選択してきたのだとしたら、ちょっと複雑な気持ちになる。
 けれど、もうそういうことは深く考えないようにしよう。彼に視えていようがいまいが、サプライズであろうがなかろうが、私は私が彼にしてあげたいと思うことをする。それがたぶん、彼にとって最善の未来に繋がっていると思うから。
 彼の首に回していた手に力を込めて、ぐいっと顔を近付ける。お世辞にも上手とは言い難いけれど、精一杯の「おめでとう」と「愛してる」を込めた口付けを、愛しい彼にプレゼント。
 唇を離して彼の表情を窺えば、てっきりニヤニヤしていると思ったのに呆けた顔をしていて驚く。あれ。これは最善の未来じゃなかったのかな。だとしたらごめん。間違えた。

「思ってたのと違った?」
「まあそうなんだけど…あー……やられた」

 ぼやくようにそう言って私の肩に額をぶつけるような形で項垂れた彼は、私の身体をぎゅうぎゅうと締め付けてくる。やられた、ってどういう意味だろう。
 それを尋ねる前に復活した彼が首筋に吸い付いてきたものだから、私の口からは「ひゃ!」という奇声しか飛び出てこなくて。「まだ誕生日は終わってないからな」という彼の不穏な声はやけに艶やかで、心臓がどくりと跳ねた。今日はたっぷりと彼のお祝いをしてあげなくちゃいけないのに、それは叶いそうにないかもしれない。

エーよりビーよりアイが先