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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -



 イコさんは普段よく喋るし、なんでもない時にも口癖のように「可愛い」を連呼してくるから、ちょっと感覚が麻痺する。私は特別可愛い女の子なんかじゃないのに、実は可愛い女の子なんじゃないかって錯覚してしまうのだ。
 私の見た目は、どんなによく言っても中の上ぐらい。だから本来は「可愛い」と何度も何度も言ってもらえるはずがないのに、イコさんと一緒にいる日は何回も、もしかしたら何十回も「可愛い」と言われる。もし一生のうちに「可愛い」と言われる回数に限りがあるなら、そろそろ上限に達してしまうんじゃないかってぐらい。
 私より可愛い子なんて五万といる。イコさんが所属するボーダーにも、そして大学にも。それでもイコさんは私を選んでくれた。私が良いと言ってくれた。こんなに幸せなことはない。
 ただ、少し悲しいことがひとつだけある。それは所謂、夜の事情に関することなのだけれど、イコさんは情事中、絶対に「可愛い」と言ってくれないのだ。あれだけいつも「可愛い」と言ってくれるのに、肝心な時に口にしてくれない。もしかして情事中の私はひどい顔をしているのだろうか。自分では見えないからなんとも言えないけれど、イコさんは情事中に絶対目を合わせてくれないから、可能性としては大いにあり得る。
 しかもイコさんは基本的におしゃべりなのに、情事中はほぼ何も話さない。名前を呼ばれることすらほとんどないかもしれない。それぐらい無口だった。
 話しかけられても困ると言えばそうだし、ペラペラ喋る状況じゃないだろうと言われれば、それもまあ確かにその通りなのだけれど、あまりのギャップに戸惑ってしまう。自分の嬌声と息遣い、時々イコさんの吐息が聞こえるだけの世界は異様に艶かしくて、いまだに慣れることができない。
 ペラペラ喋れとは言わない。「可愛い」と言ってくれなんて我儘も言わない。けれど、ちょっとぐらいインターバルの時間に会話をすることはできないだろうか。そもそも、どうして情事中に目すら合わせてくれないのだろう。悶々と考え続けること一ヶ月。私は思い切って訊いてみることにした。

「シてる時の私って可愛くない?」
「は? 今なんて?」
「だから、シてる時の私って可愛くない?」
「なんで?」
「いや、だってイコさん、シてる時は絶対に可愛いって言わないから…いつも口癖みたいに言ってくれるのに言われないってことは相当ひどい顔してるのかなあって……」
「ちゃう! それはちゃう! 絶対ちゃう!」

 ベッドの上。彼の鍛えぬかれているごつごつした腕はちょっと硬いのだけれど、なぜか落ち着く。しかし、一瞬腕を引いて身体を起こそうとするぐらいには、イコさんにとって私の投げかけた問いかけが衝撃的だったのだろう。お陰で頭の位置がズレて居心地が悪くなった。
 勝手に頭の位置を元に戻す。イコさんはいまだに「ちゃう、絶対ちゃうから」と否定の言葉を繰り返してくれていて、思わず笑ってしまった。
 とりあえず、私の長年(といっても一ヶ月だけれど)の不安を全力で否定してくれて良かった。どうやらひどい顔をしているというわけではないらしいし、女としての面目は丸潰れにならずに済んだというのは良かったとしよう。しかし、それならどうしてあんなに無口なのだろう。不安は払拭されたけれど、疑問は解決できぬままだ。
 私の斜め上にあるイコさんの顔を見上げてみる。すると、私を見下ろしていたイコさんとバッチリ目が合った。が、すぐ逸らされる。
 ほら。まただ。情事中に限らず情事後も、イコさんはほぼ私を見てくれない。朝になったらさすがに元通りにはなるのだけれど、私としてはちょっとぐらいイコさんとイチャイチャピロートークを楽しみたいと思うのだ。
 そりゃあ、照れる気持ちも分かる。私だって恥ずかしい。けど、それとこれとはまた別というかなんというか。もし恥ずかしくて…とか、そういう理由だとしたら可愛いなと思う。私なんかよりイコさんの方が可愛いんじゃないだろうか。…いや、この強面男に可愛いという言葉はさすがに似合わないかな。

「可愛いとか、そういう次元ちゃうやんか」
「へ? 何?」
「可愛いだけじゃ説明不足やねん」
「説明不足って、どういう意味?」

 予想だにしない返答に、私は首を傾げることしかできない。イコさんは相変わらず私の方を見てくれなくて、視線を宙に彷徨わせたまま言葉を探しているようだった。

「あんな、こっちはほんま余裕ないねん。可愛すぎて。喋っとる場合ちゃうねん。必死やねん」
「は、はあ…」
「分かっとらんやろ!? 俺の必死さが! 毎回毎回俺をどうするつもりなん!?」
「いや、どうもするつもりないしそれはこっちのセリフなんだけど…」

 口を開いたと思ったら、突然捲したてるように詰め寄られて圧倒された。すごく褒められている。恥ずかしくなるような愛の言葉を囁かれている。にもかかわらず、イコさんの鬼気迫る口調のせいでちっともロマンチックな雰囲気にならないし、照れるタイミングを逃してしまった。
 イコさんは尚も「可愛いってどのタイミングで言えばええねん」とか「喋る暇ないわ」とか「可愛くないわけないやんか」とかぶつぶつ言っている。ちょっとうるさい。嬉しいけど。

「もしかして目を合わせてくれないのも、そういう理由だったりする?」
「目合ったら確実に死ぬやん」
「死ぬって」
「なまえちゃん、太刀川さんより強いやん」
「比較されると複雑だね」

 目を合わせてくれない代わりに、イコさんは寝ている間、絶対に私を離さない。腕枕をしてくれている方の腕で頭を優しく引き寄せて、もう片方の手で腰を抱いて、そのまま包み込むように寝てくれる。
 今も話をしながら、イコさんは私を心地良い強さで抱き締めてくれていた。冗談みたいなことを本気っぽく宣うイコさんの温度は、いつもより少しだけ高いような気がする。

「イコさんイコさん」
「どしたん?」
「私、イコさんのそういうとこ好きだよ」

 そういうとこ。そういうとこってどういうとこ? って自分でも思ったけど、一言では伝えきれないから「そういうとこ」でまとめてしまった。
 平凡な私のことをいつでもどこでも可愛いと思ってくれているところとか、それゆえに照れちゃって無口になったり目が合わせられなくなってるところとか、兎に角、イコさんの全部が好きだ。その気持ちが、少しでも伝われば良い。
 また、斜め上のイコさんの顔を見上げる。と、珍しく目が合った。じとり。やや私を責めるような目付きになっているように感じるのは気のせいだろうか。

「……今絶対俺のこと殺すつもりで言ったやろ」
「そんな物騒な」
「ほんまのこと言うてみ?」

 ほんまのことと言われても。私、生まれてから今に至るまでずっと誰かを殺してやろうなんて思ったこと一度もないんだけど。
 …と答えようとして、やめた。今の流れで「好き」って、ある意味殺し文句みたいなことを口走ったのは、ちょっと打算的だったかもしれないと思ったからだ。

「……ちょっとだけ?」
「あざとすぎるわ……」

 力なく呟いたイコさんは更に続けて「死んだ」と言葉を落とすと、私の腰を抱き寄せていた手で顔を隠したまま、暫く私の方を見てくれなかった。
 強面だけど、やっぱりイコさんは可愛いと思う。…私と同じぐらい。

可愛いは悪かもしれない