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 俺の彼女は、一言で言うなら頑張り屋だ。俺と同い年だが学生ではなく既に社会人として働いており、毎日仕事をこなしている。それだけでも凄いことなのに、彼女は日々の仕事のストレスを抱えながらも俺に愚痴をこぼしたり弱音を吐いたりすることがないのだから恐れ入る。
 彼女曰く「大学に通って勉強しながらボーダーの任務をこなしてる准くんの方が凄いよ」とのことだが、俺はそうは思わない。大学で勉強するのも、ボーダーでの任務をこなすのも、俺はやりたいと思ってやっていることばかりだから苦ではないが、仕事はそうはいかないのだ。きっと彼女のことだから俺には言わないだけで、やりたくないことであっても「仕事だから」と割り切って頑張っているのだろう。
 社会人というのは基本的にそんなものかもしれない。やりたいことばかりができる職場なんてほとんどないということも分かっている。それでもできれば、彼女には無理をしてほしくないと思う。
 ボーダーは特殊だ。それぞれが「やりたいこと」=「やらなければならないこと」として捉え、毎日を過ごすことができる。そう考えると、俺はいつも恵まれているなあと思うのだ。

 今日の夜は、彼女と会う約束をしていた。最近の彼女は普段以上に忙しそうで俺も広報の仕事が立て込んだりしていたから、会うのはかなり久し振りのことだ。
 夜ご飯は何を食べよう。うちに招待しようか。いや、でも二人きりでゆっくり食事がしたいな。食事の後、少しぐらい時間があるだろうか。できるだけ一緒に過ごしたいな。
 そんなことを考えていたものだから、夕方頃に「仕事終わりそうにないから今日の予定はまた今度にしてもらっていいかな? ごめんね」という連絡がきた時には、かなりのダメージを食らった。作戦室でその連絡をもらって、木虎に「嵐山さん、何かショックなことでもあったんですか?」と声をかけられる程度には分かりやすくヘコんでいたのだと思う。
 会えると思っていたのに会えなくなった。その事実がこんなにも辛い。それほど俺は彼女にのめり込んでいた。

 今日は生憎の雨で、視界が悪い。しかし、夏の暑さが雨のお陰で少し和らいでいると思えば、嫌なことばかりでもなかった。
 俺が傘を差して立っているのはバス停でも、家の前でも、彼女の家の前でもない。彼女の職場の前の歩行者用道路だった。勿論、邪魔にならないようガードレールの方に寄って立っているから、今のところ通行人に邪魔だと注意をされたりはしていない。
 彼女には「今日の予定はまた今度」と言われた。しかし、どうしても彼女に会いたい気持ちを抑えられなかった俺は、こうして職場の前まで来て彼女が出てくるのを待ち伏せしているのだ。一歩間違えればストーカーみたいだが、俺は一応彼氏というポジションだから許してほしい。
 時刻は間もなく夜の七時になろうかというところ。天気が悪いせいで辺りはすっかり暗くなっている。彼女はまだ仕事を頑張っているのだろう。職場からチラホラと出てくる人はいるが、その中にお目当ての人物の姿はない。
 俺が知らなかっただけで、毎日こんな時間まで働いているのだろうか。月曜日から金曜日までの五日間、休むことなく当たり前のように。だとしたらそれは本当に賞賛すべきことだ。

「あ」

 あとどれぐらいで終わるのだろう、と考え始めた時だった。建物から出てきた一人の女性を確認した俺は、思わず声を漏らす。待ち侘びていた彼女だ。
 彼女の方はまだ俺の存在に気付いておらず、ちょうど傘を差してこちらに歩き出したところ。近付いてくる。一歩、二歩、三歩。どんどん埋まる距離。そしてあともう三、四歩進んだらぶつかるというところまで来て、漸く俺の存在に気付いてくれた。
 元々大きな黒い瞳は更に大きく見開かれ、俺の顔を映し出している。「なんでここに?」彼女は決してそんなこと口にしていないが、その瞳がそう言っていた。

「お疲れ様。どうしてもなまえに会いたくて待ってたんだが……迷惑だったかな?」
「ううん、全然! むしろ嬉しい…けど、びっくりした……」
「サプライズ成功だ」

 俺が笑うと、彼女もつられたように笑う。たったそれだけで、会いに来てよかったという気持ちにさせられる。

「今日はなまえの好きなものを食べに行こう」
「いいよ。雨だし。来てくれただけで十分」
「俺がそうしたいんだ。できるだけ一緒にいたい」

 率直な気持ちを伝えれば、彼女は照れながらも控えめに「私もそれは同じだよ」と言ってくれて、また、会いに来て良かったと思う。
 傘を叩く雨音が、少し強くなった。そのせいで彼女の声が聞き取りにくくなってしまって、折角何か言ってくれたというのに俺の耳に届かなくなる。

「すまない、よく聞こえなかった」
「えっ、あっ、そんな、大したことじゃないから!」

 今度は彼女の声を聞き逃すまいと身を屈めて顔を近付けた。が、傘がぶつかって、俺の動きの邪魔をする。
 お互い傘を持っているわけだし、この方法は身体が濡れてしまうからあまりよくないとは思ったのだが、彼女の声を聞きたいのと近付きたい気持ちが勝った結果、俺は彼女の傘を奪い取って自分の傘の方に引き込んでいた。俺の傘は彼女のものよりも大きめだし、きちんと俺の方に引き寄せていれば彼女が濡れる面積は最小限で済むだろう。

「じゅ、じゅんくん、近い!」
「雨のせいでよく声が聞こえないんだ」
「大きな声で喋るようにするから、」
「ただなまえに少しでも触れていたいって言っても離れた方がいいか?」

 本音を口にするのは恥ずかしい。が、どうしても離れたくなくてみっともなく懇願するように確認してみれば、彼女は俯いたまま「私はこのままでもいいけど…」とぼそぼそ答えてくれた。
 触れた箇所からどくどくと伝わる心音は彼女のものか、はたまた俺のものか。どちらでもいい。どちらでも心地いいから。
 少しだけ、彼女を抱き寄せている方とは反対側の肩が冷たいような気がした。きっと雨で濡れてしまっているのだろう。別にそれ自体は大したことじゃないし、気にするほどのことでもない。が、俺はずるい男だから画策する。
 夜ご飯を食べて彼女を家まで送り届けたら「服が濡れてしまったからタオルを貸してくれないか?」とお願いしよう。優しい彼女はきっと、すぐさま俺を家に招き入れてタオルを貸してくれるに違いない。
 本当は、彼女の家に入り込みたいだけ。二人きりになって、恋人同士の時間を楽しみたいだけ。そんな邪なことを考えているなんて思いも寄らないであろう彼女と、一つの傘に身を寄せ合って歩き出す。
 疲れている彼女を癒してあげたい気持ちは山々だけれど、もしかしたら俺は、これから彼女をもっと疲れさせるようなことをしてしまうかもしれない。本当に、ダメな男だ。

雨の日にはワルツを