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 俺は自分を、物にも人にもあまり固執しないタイプの人間だと思っていたが、実はそうでもなかったらしい。それに気付いたのは、つい昨日のことだった。

 俺のバイト先のひとつであるスーパーで度々シフトが被るみょうじさんは、たぶん女の子にしてはサバサバした性格で、あっけらかんとしている。「烏丸くんとシフト被るとお客さん増えるから嫌だな〜」と俺本人に向かって言ってくるような子は、みょうじさんぐらいしかいないと思う。
 俺がバイトを掛け持ちしているのはあくまでもお金を稼ぐためであって、交友関係を広げたいからとか、社会勉強のためとか、色々な仕事を経験して今後に生かしていきたいからとか、そういう立派で余裕のある人間の抱く理由とは大きくかけ離れている。だからバイト先でも必要最低限の人間関係しか築いていなかった。
 しかし、どういうわけか、みょうじさんとは最初から連絡先の交換をしていたし、バイト中も話すことが多かった。連絡先を交換したのはシフトの交代をお願いする時に便利だからだし、話すことが多かったのは、単純に、シフトが被ることが多かったのと休憩時間が重なることが多かったからだろう。そこに特別な意味はない。偶然が重なった。ただ、それだけ。

「烏丸くんって笑ったり泣いたり怒ったりするの?」
「するけど。人間だし。接客中はそれなりに笑ってる」
「あれは笑顔に換算されないでしょ。もっとこう、心からのスマイル! みたいな」
「……心から笑えるほど面白いことがあれば、まあ」
「クール! イケメンか! イケメンだったね!」

 みょうじさんとは、こんな生産性のない会話ばかりしていた。ツッコミどころが多すぎるから、ほとんどの話は適当にスルーしている。しかし不思議と、会話するのが面倒臭いから関わりたくない、とは思わなかった。むしろ、そういうくだらなすぎる会話を楽しんでいたかもしれない。
 みょうじさんはそういう人だったから、俺だけではなく誰とでもフレンドリーに話をしている印象があった。が、どうやらそれは俺の勝手な思い込みだったらしい。本人がそう言ってきたのだ。「烏丸くん以外の人とはこんなにおしゃべりしないんだよ」と。

「それってどういう意味?」
「そのままの意味だよ」
「回りくどいな」
「えーっと、うーん……実はアプローチしてます! って言えば分かる?」
「今度は随分ストレートになった」
「だめか。じゃあ……お近付きになりたいという気持ちの表れって言えばいい?」
「別にストレートな言い方がだめだとは言ってないけど」
「烏丸くんの性格難しい〜! ただでさえイケメンは攻略難度高いのに!」

 人をまるでゲームの攻略対象キャラ扱いする失礼さはいただけないが、これもまた不思議なことに、不快感はひとつもなかった。そういう子なのだ。最初から。だから俺は、警戒心なく連絡先の交換をすることができたし、どうでもいい会話を楽しむことができていた。
 この感情を言い表すのは難しい。好きというには早すぎるような気がするが、その他大勢の女の子とは絶対に同類ではない。ボーダー隊員で比較的懇意にしている女の子達とも違う。みょうじさんは俺の中で、名前を付けられないジャンルに属しているのだ。
 俺にアプローチしているとか、お近付きになりたいとか、そんなことを言ってきた。つまり俺は、みょうじさんに好意を持たれている。それも特別なタイプの好意を。
 そう思ったら普通に嬉しかったが、俺は自分自身の気持ちがはっきりしないものだから、みょうじさんとの関係をバイトの同僚という関係以上に発展させることはなかった。みょうじさんも、あんな会話をしたというのに迫ってくることがなかったから、それで良いと思っていた。が、その考えは甘かったのだ。
 昨日、俺は目撃してしまった。みょうじさんがバイト終わりに同じバイト先の一つ年上にあたる男の先輩と帰っているところを。今までそんなところは一度たりとも見たことがない。ちなみに俺と二人で帰ったこともない。ということは、みょうじさんは俺が脈なしと判断して、あっさり他の男に鞍替えしたということなのだろうか。あのみょうじさんが。にわかには信じ難いが、昨日の光景は親密そうに見えた。

 俺は、物にも人にもあまり固執しないタイプの人間だと思っていた。今回もそう。好意を寄せられていることが分かっても「へぇ、そうなんだ」と冷静に受け止めて、それで終わらせようとしていた。でも、それじゃあ駄目だった。
 何を勘違いしていたのだろう。好意を寄せられているからと言って、みょうじさんが他に目移りしないという保証はないのに、俺はいつの間にかみょうじさんが自分のものになることを当たり前のように思っていた。自分が何も行動を起こさなくても、みょうじさんは今まで通り俺と心地良い関係のままでいてくれると思い込んでいた。自惚れていた。
 そして俺は、自分自身のことが分かっていなかった。俺は物にも人にもあまり固執しないタイプの人間なんかじゃない。固執する対象がごく僅かだから気付かなかったが、俺は固執し始めたら面倒臭いタイプの人間だったのだ。

「みょうじさんは俺の攻略を諦めたの?」
「え?」
「アプローチ、やめたの?」
「うん? そんなつもりはなかったけど……」
「じゃあ俺だけ見てればいいのに」
「わ! 何それ! イケメンだけに許されるセリフだね!」
「本気で言ってるんだけど」
「……烏丸くん、もしかして、もしかしてなんだけど、烏丸くんって私のこと、」

 みょうじさんが全てを言い終わる前に距離を詰めて、おしゃべりな口に指をあてる。これにはさすがのみょうじさんも驚いたのか、身体を仰け反らせて口を噤んだ。
 場所はバイト先の休憩室。今日は平日で、この時間に帰るメンバーは俺達の他にいない。つまり、この休憩室に誰か他の人間が入ってくる可能性は低い。とはいえ、店長なんかは時間帯など関係なく出入りするから、絶対に誰も来ないとは言い切れない状況。
 まさかこんなリスキーなことを自分がするとは思っていなかったが、自分の新たな一面、否、本来の姿に気付くことができたのは喜ぶべきかもしれない。

「か、烏丸くん?」
「みょうじさんがどこまで本気か知らないけど、責任は取ってもらいたいな」
「責任?」
「俺を本気にさせた責任」
「……回りくどいよ、烏丸くん」

 いつかと逆のパターンになっていた。追い詰めているのは俺のはずなのに、みょうじさんは少しも怯んでいない。むしろ、この状況を楽しんでいるようにすら見えた。
 普通、これだけ距離が近かったら、女の子というのは照れたり動揺したりするもんじゃないだろうか。まあみょうじさんは最初から良い意味で普通じゃないのだが。

「好きになった。たぶん」
「たぶん?」
「そう、たぶん」
「烏丸くんの方こそ責任取ってくれないと困るよ」
「何の?」
「私は烏丸くんのこと絶対好きなのに、烏丸くんはたぶん好き、なんて。そんなのずるいでしょ」

 もっともらしいことを言って俺を追い詰めるみょうじさんを見て「好きだなあ」と思った。今このタイミングで? と自分でも思うが、そのちょっとむっとした顔が可愛いからとか、俺のことが絶対好きなんてストレートにもほどがある言葉を簡単に言ってのけてしまう潔さがかっこいいからとか、「好きだなあ」と思うに至った理由なんて探せば幾らでもある。
 でも一番の要因は、みょうじさんがみょうじさんであること。きっと、それだけなのだ。

「昨日、先輩と帰ってるところ見たんだけど」
「そういえば、普段は同じ方向じゃないんだけど、昨日は先輩が彼女と待ち合わせしてるところまで一緒に帰ったなあ。それがどうかした?」

 まさか、先輩と一緒に帰っている姿を見て嫉妬心が芽生えた、なんて言えない俺は、僅か返事に迷う。

「……今日は俺と帰ろうか」
「え! 彼氏っぽいこと言うね! イケメン!」
「彼氏っぽいんじゃなくて、彼氏だから」
「わあ……ちょっと刺激強い……」

 そんなことを言うくせに俺をじっと見つめたままだから説得力に欠ける。こっちは結構頑張ったんだけど、なんて思いながらも、嬉しそうに笑うみょうじさんを見ていたらどうでもよくなって、なんとなくつられて笑ってしまった。

「烏丸くん笑ってる! 貴重! 写真撮らせて!」
「これから幾らでも見れると思うけど」
「初笑いだもん。特別でしょ」
「どうせなら二人で撮ろう。付き合い始めた記念日ってことで」
「じゃあ店長呼んで撮ってもらおっか!」

 こういう時のツーショットって自撮りだと思うんだけど、そういうところ抜けてるよなあ、とまた笑いが零れる。「また笑ってる! 笑いのストック残しといてね!」と、またわけの分からないことを言うみょうじさん。
 恐らくみょうじさんと一緒に過ごしていれば、この先俺の笑いのストックがなくなることはないだろう。くすり。またひとつ笑いを零した俺に、みょうじさんが満面の笑みでカメラを向けた。

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