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 玄界の女というのは、皆こんなにもだらしないものなのだろうか。オレはソファでぐったりと横になっている女を見ながら、本日何度目かの溜息を吐いた。
 現在オレの視界に入り込んできているだらしない女は、オレの隣の空き部屋で生活している。オレがここで生活するようになる何ヶ月か前からここに住んでいるが、一番の新入りだと聞いた。一応ボーダーの隊員らしいという情報も得ているが、詳しいことはよく知らない。オレが女について知っているのは、料理が下手くそなことと、何事においてもだらしないこと。その二つぐらいだ。別に興味もないので、これ以上知識を増やす必要もない。
 風呂上がりに女がソファでだらしなく横になっている姿を見るのは、もはや日常茶飯事である。こんな光景を見慣れたくはないが、すっかり慣れてきてしまっているのが非常に腹立たしい。
 最初こそ「そこで寝るな」「みっともない」「邪魔だ」といちいち注意していたが、最近では「好きにしろ」と見て見ぬフリをしている。女いわく「新入りはヒュースの方なんだから私の生活スタイルに合わせて」とのこと。なぜオレがだらしない生活スタイルに合わせてやらなければならないのか。どうやっても腑に落ちない。しかし女の言う通り、先にここで生活していたのが女の方であることも事実。だからオレは、生活スタイルを女に合わせるのではなく、口出しせずにやり過ごすという手段しか選べなかったのである。
 譲歩してやっているのはオレの方だというのに、負けた気分になるのはなぜだろう。最初から女と張り合っているつもりはないが、なんとなく納得はできないままだし、やっぱり腹立たしい。全てはこのだらしない女の悪びれない態度が原因だと思う。
 オレは冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出して喉を潤す。すると物音に気付いたのか、ソファに寝ていた女がむくりと起き上がった。人間というより、もはや動物に近い動きである。

「ヒュース、私にもお茶ちょーだい」
「自分で取りに来い」
「えー。そこにいるんだからついでに取ってよ」
「嫌だ」
「ケチー!」

 あまりにも低レベルすぎる会話に嫌気がさした。これならヨータローと話していた方がまだマシな気さえする。
 どうやってもオレがお茶を取るつもりはないと判断したのか、女は気怠そうに立ち上がると、のそのそとこちらにやって来た。喉が渇いたからお茶を飲む、という生理的欲求を満たすためだけの動き。これもまた、動物的な動作だった。
 ごくごく。オレの隣でペットボトルのお茶を飲み下し、ぷはー、と色気のない声を出す。余計なお世話かもしれないが、女とはもう少し品があって然るべき生き物ではないだろうか。少なくともオレが今まで生きてきた世界の女というのは、こんなにもグータラではなかったと言い切れる。オレは自分の眉間に皺が寄るのを感じた。
 そしてそんなオレの眉間の皺を更に深く刻ませるのがこの女だ。お茶を飲み終わり、折角その重たい身体を起こして立ち上がったのだからそのまま自分の部屋に行ってゆっくり寝ればいいものを、その女はなぜかソファに戻って横たわろうとしたのである。
 このリビングが他人との共同スペースであることを知りながら、なぜここまで堂々と我が物顔で寝ることができるのか。オレにはさっぱり理解できない。

「そこで寝るぐらいなら自分の部屋へ行け」
「後で行くもん」
「ここはお前の部屋じゃない」
「そんなこと知ってる」
「それなら、」
「だって、部屋に一人でいると寂しいじゃん」

 ぼそぼそと落とされたセリフは、いつもあっからかんとした女からは想像もつかない憂いを帯びていて、思わず言葉を失った。この女でも哀愁を漂わせることがあるのかと驚いてしまったのだ。
 オレはこの女の過去に何があったのか知らない。なぜここに住み続けているのか、親やきょうだいはいないのか、なぜボーダーという組織に入ったのか、その他のことも全部、何も知らない。先にも述べたように、オレはこの女に興味がない。だからそれらは知る必要のないことだ。
 知らないことに対して口を出すのは馬鹿のすることだと思う。だからオレはそれ以上、女との会話を続けることができなかった。特別な理由があってここにいるのなら、それは仕方のないことである。無論、だからといって、だらしない姿を見せていいとは微塵も思わないが。

 オレが閉口したのをいいことに、女はごろりとソファに寝転がる。いつものことだ。そこで寝ておきたいと言うのなら好きにすれば良い。
 寝転がっている女を放置したまま、オレは自分の部屋に戻るため踵を返す。しかし「ヒュース」と名前を呼ばれたことで、反射的に足が止まってしまった。無視してここを立ち去っても問題なかったはずなのに。オレを呼んだ時の女の声には、不思議な魔力のようなものが備わっていたような気がする。

「もうちょっとここにいてよ」
「断る」
「じゃあヒュースの部屋に行ってもいい?」
「ダメだ」

 一人だと寂しい。そう言っていたことと何か関係があるのかもしれないが、今までこんなにもあからさまに「一緒にいてほしい」という意味合いの我儘を言われたことは一度もなかった。
 まったく、本当に気紛れでどうしようもない女である。大体、人にものを頼もうと思っているのであれば、せめてその身体を起こしソファに座るべきではないだろうか。常識がなっていない。

「私の部屋で私が寝るまで一緒にいてくれるって選択肢もあるけど」
「いい加減にしろ」

 さすがにしつこいので怒気を含んだ声音でそう言うと「ごめん、冗談」と乾いた声が返ってきた。分かりやすいカラ元気っぷりである。
 何も悪いことはしていないというのに、なぜオレが罪悪感を募らせなければならないのか。なぜ僅かでも、言い過ぎただろうか、と考えてしまったのだろうか。どうもこの女といるとイライラして仕方がない。
 何に対してこんなにもイライラしているのか。それは自分でもよく分からない。そして今、女が寝転がっているソファの正面に腰掛けている自分の行動も、自分自身さっぱり理解ができなかった。
 女の丸い瞳がオレを見つめている。驚きとともに安堵の色を携えているような気がするのは気のせいだろうか。そしてその表情を見てオレのイライラが少し落ち着いた気がするのも、気のせいだと思いたい。調子が、狂う。

「ありがと」
「オレはテレビが見たいだけだ」
「それでもいいの」
「オマエのためじゃない」
「うん、知ってる。でも、ありがとう」

 女はそれ以上何も言わず目を瞑った。
 料理ができない。だらしない。それから、寂しがり屋。女についてのどうでもいい情報が、ひとつ増えてしまった。
 何度も言うように、それらは知らなくてもいいことだ。しかし、興味がない、ということはない…のかもしれない。オレにとっては未知の生物であるみょうじなまえというこの女についてもう少し何かを知ることができたら、世界が少し変わるような気がする。
 テレビが見たいからという理由で留まったくせに、オレと女しかいないリビングには静寂だけが充満していた。

滲むひとり